くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ペトラは静かに対峙する」「トム・オブ・フィンランド」「HOT SUMMER NIGHTS ホット・サマー・ナイツ」

「ペトラは静かに対峙する」

こういう空気感の映画はたまに見かけるのですが、よほど卓越した演出を見せられないとしんどい。今回の作品は章ごとに時間を前後させて、工夫を見せるもののいまひとつ面白くなかった。人物の動きや会話の後を追うようなゆっくりとした長回しカメラのテンポは面白いのですが、全体の人物ドラマがちょっと希薄。監督はハイメ・ロサレス。

 

画家のペトラが著名な彫刻家ジャウメのもとを訪れるところから映画は始まる。しかし、実のところはジャウメが自分の父かどうか確かめるのが目的だった。ジャウメは留守で、妻が出迎える。

 

第二章から物語を始め、第三章、第一章と切り返して物語を一本の線にまとめていく。突然、家政婦が自殺するが、その前にジャウメと体を交えたり、とジャウメの冷酷な姿が描かれていく。

 

そして終盤、ジャウメの息子と恋に落ち、妊娠するペトラだが、ジャウメはペトラは実は自分の娘だと告げる。一方、息子は自殺をする。またジャウメに恨みのあった男が終盤ジャウメを撃ち殺す。

 

ジャウメの妻はペトラの娘に会いたいという。一旦は断ったペトラだが、ジャウメの死後、娘を見せにきて映画は終わる。

 

ジャウメの非道さが今ひとつわかりづらいのは、おそらく短い章の繰り返しで緊張が途切れるせいではないかと思います。時系列を組み直した構成は面白いのですが、思うように効果が出ていない気がしました。

 

「トム・オブ・フィンランド

映像のセンスがいいのか、画面が時としてハッとするほどに迫ってくるものがあるし、カット編集と音楽の組み合わせがなかなか感性がいい。ゲイの映画は嫌いなのですが、人間ドラマとしての部分がしっかりしていたためか、意外に映画として良かった気がします。監督はドメ・カルコスキ。

 

第二次大戦末期に映画が始まります。明らかにゲイたちが同胞を探している風なシーンと、空襲のサーチライトの映像のコラボの素晴らしさにまず引き込まれます。そしてテンポいい音楽に乗せたオープニングもうまい。

 

まだまだ、犯罪的とみなされていたゲイの世界で、主人公のトウコは、男を求めながら、自室に鍵をかけて男性のリアルな姿を絵にしていた。やがて終戦後、雑誌の表紙絵の仕事についたのだが、妹カイヤにも隠して男性の絵を描き続ける。

 

そんな時、かつて公園で関係を持ちかけたニパがカイヤの恋人として現れる。当然、トウコはニパに迫り、必死で欲望を抑えていたニパを解放する。

 

やがて、トウコの絵はアメリカで評判になり、トム・オブ・フィンランドペンネームでゲイたちの間で広まっていく。そしてアメリカに招かれたトウコは、自国フィンランドと全く違うアメリカの自由なゲイ社会を見る。

 

ところが、ニパは病気になっていた。次第に弱るニパ。そんな頃、アメリカではエイズの存在が知られ、その元凶としてのゲイの存在が標的にされていく。

 

トウコはこれまで隠してきた男性絵をカイヤにも公開して、堂々とゲイとしてそしてトム・オブ・フィンランドという芸術家として人々の前に出ることにして映画は終わる。

 

この手の作品のよくある、ゲイを認めよという偏ったメッセージではなく、あくまでトウコの人間ドラマを中心にした作りが映画として楽しませてくれたように思います。絵作りの感性もいいし、ちょっとした作品でした。

 

「HOT SUMMER NIGHTSホット・サマー・ナイツ」

二流の青春映画という感じの作品で、実話を基にしているようですが、いまひとつインパクトに欠けるのは役者のオーラ不足という感じでしょうか。監督はイライジャ・バイナム。

 

疾走する車、運転している少年、横から車が突っ込んんで、カットは少し遡る。父を亡くしたショックから立ち直れないダニエルは、叔母の家で夏休みを過ごすために海辺の街にやってくる。しかし、地元の人とも打ち解けず、観光客とも馴染めず浮いているところ、地元の不良ハンターと親しくなる。

 

一方この町のマドンナのマッケイラとも知り合うが、実はマッケイラはハンターの妹でハンターは彼女を溺愛していた。ハンターとダニエルは大麻を売って小金を稼いでいたが、もっと大きな取引をしようと、売人の大物と関係を持つようになる。

 

ダニエルはハンターに隠れてマッケイラと付き合い、ハンターも地元警官の娘と付き合うようになる。ダニエルはさらに金儲けしようと、一人コカインの売人と関係を持とうとするが、まんまと騙された挙句これまでのボスにも命を狙われるようになる。

 

巨大ハリケーンが迫る中、ハンターも売人に殺され、ダニエルは冒頭の事故の後、逃げ出して街を出ていく。やがて、マッケイラも町を出て行って映画は終わる。

 

ダニエルとハンターの友情話でも、ダニエルとマッケイラ、ハンターと恋人の青春ラブストーリーでもない。ハンター兄妹の過去にも何かありそうだがそこは描写せず、ダニエルのキャラクターも毒がなさすぎて役不足。結局に龍映画に仕上がった感じの作品でした。

映画感想「永遠に僕のもの」「鑓の権三」

「永遠に僕のもの」

モダンで面白い作りをした映画なんですが、肝心の主人公の猟奇性にインパクトが足りないのと、物語の展開がなんともキレがないので、やたら長く感じてしまいました。監督はルイス・オルテガ

 

学生のカルリートスが、当たり前のように盗みに入って、当たり前のようにバイクを盗む場面から映画は始まる。侵入した部屋でダンスを踊り始めるちょっとモダンな演出がまず目を引く。

 

あまりにクールで、犯罪を犯罪と思わない仕草が目を引くはずなのだが、そのインパクトの弱さが気になる。

 

学校でラモンという青年と知り合い、二人で盗みを始める。ラモンの父親もひとかどの人間らしく、盗んだものをさばいたり、盗みの段取りをしたりする。

 

ラモンとカルリートスはラモンの父親に銃の撃ち方を習い、カルリートスは銃に惚れ込み、いつも二丁を腰に身に付けるようになる。そして、事あるごとに殺人をする。

 

しかし、この冷血な感じがあまり描き切れていなくて、ラモンとの色分けが見えないために、物語がぼやけてしまっています。

 

物語は盗みを繰り返す二人と、カルリートスの感情を伴わない行動が何度も描かれ、その繰り返しにあまり緩急がないので飽きてきます。

 

そしてとうとう逮捕されますが、まんまと脱走、ラモンの家に逃げ込み一人ダンスしているところへ警察が取り囲んで映画は終わります。ラストシーンの処理も面白いのに、どこか間延びした展開が何とも残念です。

 

「鑓の権三」

徹底した様式美で描かれる近松門左衛門の世界を堪能しました。素晴らしい一本。脇役の実力も遺憾無く発揮され、全てにおいて演出の手腕が光っていました。これまで見逃していたのは本当に失態です。いい映画に巡り会えました。ただ、主人公の権三の女癖の悪さの描写が若干弱いように思えるのは残念。監督は篠田正浩

 

槍をもたせたら右に出るものはなく、その容姿も端麗で、茶の道も抜きん出て、歌にも歌われるほどの好人物笹野権三の姿から映画は始まります。

 

権三は友人の伴之氶の妹お雪と懇ろだったが、なかなか祝言を上げようとしない。時に遊郭に足を運んだりもする権三のカットが入り、実はこの人物、好色家ではないかと思わせる。

 

藩主に世継ぎができることになりそのお祝いに茶席を設けることになる。市之進の家は代々茶の湯の家元で、一子相伝の秘伝があり、その秘伝を使ってのもてなしの任に権三と伴之氶が競うことになる。

 

江戸勤の市之進の留守を預かるおさゑは、自分の娘を嫁がせることを条件に権三に秘伝を教える約束をする。ところが、ここに伴之氶が力づくでおさゑを手に入れ、秘伝を聞き出そうと深夜に忍び込む。

 

一方、おさゑは、お雪という女がありながら娘との祝言を承諾した権三と言い争いになり、その時にお互いの帯を庭に投げたところを不義密通と伴之氶に見つけられ、権三とおさゑは不義密通の仲にされてしまう。

 

こうして権三らの逃避行とそれを追う市之進らの仇討ちが終盤の展開となる。当然ながら、仇討ち成就で映画は終わるが、様式美にこだわった構図と色彩演出が素晴らしく、最後まで引き込まれました。これぞ日本映画という一本でした。

映画感想「小さな恋のメロディ」「命みじかし、恋せよ乙女」「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

小さな恋のメロディ」(デジタルリマスター版)

今更ながら、ダニエルとメロディの幼い二人のラブストーリー。何度見ても、とっても素敵な映画だなと思います。全編がファンタジーなのですね。監督はワリス・フセイン

 

10歳のダニエルは、母親の溺愛を受け、やや鬱陶しくなっている。年齢的に女性に興味を持つようになる彼は学校でちょっと悪ガキのトムと親しくなる。

 

二人は、お互いにないものを持っていて、どんどん友情が膨らんでいく。ダニエルは一人の少女メロディに気があった。そして彼女に好かれようと必死になり始める。

 

そしてとうとう、二人は恋人同士になり、クラスメートも二人を認める。やがて二人は結婚すると言い出し、両親や先生にも告白。そしてクラスメートが式を決行。先生たちが迫ってくる中、ダニエルたちはトロッコを漕いで彼方に走り去る。

 

とにかくファンタジーなのですね。この映画はおとぎ話。だから素敵なんです。

 

「命みじかし、恋せよ乙女」

何とも言えない仕上がりの作品で、外国作品に唯一出演した樹木希林の映画ということで見に行った。監督はドーリス・デリエ

 

ドイツに住むカールが、パンダの着ぐるみをかぶって娘の誕生日に乱入するところから映画は始まる。彼はアルコール依存症で、娘に近づくことを禁止されたいた。彼は、どうにもアルコールから抜けられず、黒い影のような悪魔を見るようになる。また、死んだ両親などの幻影にも苦しんでいた。

 

そんな時、ユイと名乗る日本人が訪ねてくる。幼い時にカールにあったことがあるというがカールは全く覚えていなかった。ユイはカールと行動を共にし始める。次第にユウに惹かれていくカール。

 

そしてカールはユウの祖母に会うために日本へやってくるが、カールは祖母から衝撃的なことを聞かされる。ユウは母と一緒に入水自殺したというのだ。唖然とするカールは海岸に行くとそこにかつてユウと冗談半分に遊んだピンク電話があり、それを取るとを海にユウが現れ、カールを引き込もうとする。カールは必死で抵抗し、もうしばらく生きたいと言って映画は終わる。

 

要するに依存症からの脱却を、オカルト的な設定で描いた作品というイメージだが、何で日本へ来たカールが女物の浴衣と女の下着をつけているのか不明。タイトルバックも妖怪絵であったり、全体が何ともちぐはぐな映画だった。

 

「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

篠田正浩監督少年三部作の完結編。久しぶりの再見。やっぱりこれも名作やね。ノスタルジックな映像とファンタジックな絵作りも美しいけれど、ドラマとしてもほんとうに人間味があって、胸が熱くなってしまいました。

 

淡路島から戦死した長男の遺骨を故郷の宮崎に納めるために旅立つ家族の物語。堅物の巡査を父に持ち、ちょっと不良っぽい次男とまだガキの三男、そして幼い末娘、清楚な母。どこか不器用な家族が宮崎への船の中で様々な雑多な人たちと交流する。

 

闇屋の男、活動弁士の男、大道芸の男、などなど様々な人物の背景にある戦争の惨禍が痛々しく描かれる。機雷など、当時の時代背景もさりげなく挿入され、やがて家族は宮崎に近づく。

 

大事に持ってきた遺骨がただの歯ブラシだけだったというラストのオチに至るまでがとにかく心が温かくなるドラマの連続なのが何ともたまりません。

 

冒頭の阪神大震災とエンディングの大震災後の神戸のカットで締めくくりますが、こういうメッセージの描き方こそはほんとうの映画作りだと思います。

 

 

映画感想「イソップの思うツボ」

「イソップの思うツボ」

カメラを止めるな!」のスタッフが結集ということで、ちょっと興味ありの映画。たしかにどんでん返しをわざとらしく繰り返すのは楽しいのだが、次第に飽きてきて、次第にくどくなって、次第に先が見えて、結局自主映画のよくできた感じで締めくくった。これを狙ったのかもしれないが、映画の色のオリジナリティは大したことないなという感じです。監督は浅沼直也、上田慎一郎、中泉裕矢。

 

一人の女子大生亀田のカット、いかにも鈍臭くて暗いイメージの彼女のシーンから映画は幕を開ける。ここにいかにも派手好きな三人の女子大生が絡んでくる。中心になっている兎草早織は、両親と三人で家族でタレントをしている人気者。そんなある時、一人の新任イケメン講師がやってくる。

 

このイケメン講師に一目惚れした兎草は猛烈アタックする。ところがカットが変わるとこの講師、兎草の母と不倫関係にあった。そして亀田が家に帰るとさっきまで親しく話をしていた母は跡形もなく、飼っている亀の水槽が割れている。

 

ここに復讐屋を営む戌井親子がひとりの男をリンチしている。仕事を終えたところへヤクザ風の男が現れ、一千万の借金を返せと迫る。そして返せないならある仕事をしろという。それは誘拐だった。ターゲットは兎草早織。

 

ここに兎草早織の父親が金髪の女とホテルにいる。いかにも不倫関係で、父親が出ていくと金髪の女は亀田だとわかる。父親は部屋の外に出た途端母から電話が来て、娘が誘拐されたという。

 

兎草の家族のマネージャーが金をこしらえ、三人で受け渡しに行こうとするが、途中で一人の女亀田を乗せる。実はマネージャーこそ亀田の父親だった。

 

兎草早織を監禁している倉庫にやってきた兎草の家族たちは、そこで、早織と監禁されたイケメン講師こそ亀田の兄だと打ち明けられる。亀田の家族は、事故で瀕死の重傷を負った母が病院で治療を待っている時、同じ事故で重症を負った早織が搬送されてきて、賄賂で治療の順番を入れ替えられ、そのため亀田の母は死んだ。

 

亀田の家族は兎草の家族に復讐をするために、ヤクザ男の計画に乗ったのだ。一方このヤクザ男、復讐劇をリアルタイムで見せて金持ちを楽しませることをしていて、亀田の家族が兎草の家族を殺すところを見せようとしていた。しかし、すんでのところで亀田はヤクザ男の計画から外れる。

 

ヤクザ男に殺されそうになった亀田らを助けたのは復讐屋の戌井らだった。そして、幕は終わり、戌井親子は金を亀田にもらってその場を去っていく。兎草の家族はそれぞれの真実がばれてばらばらになってしまう。

 

映画はこういう流れで展開して終わるが、詰め込みすぎたラストが退屈になってくるし、どんでん返しというより、羅列しただけで、鮮やかさが見えない。たしかに、凝ったものにしよう、工夫しようというこだわりが見えるが、あざとすぎて、ちょっといただけなかった。ただ、このレベル以下のメジャー作品が乱立している中では、これはこれで楽しかったです。

映画感想「ピータールー マンチェスターの悲劇」「あなたの名前を呼べたなら」「沈黙 SILENCE

「ピータールー マンチェスターの悲劇」

19世紀初頭、イギリスマンチェスターで自由を求めて集会した人々が軍隊によって虐殺に近い圧力をかけられた事件を扱った群像劇ですが、生真面目な作品でした。丁寧に描写するのもほどがあるという感じで、もうちょっと畳み掛けても良いのではという感想です。監督はマイク・リー

 

ナポレオンとのウォータールーの戦いの場面、ひとりのラッパ兵が途方にくれているシーンから映画は幕を開ける。物語はこの青年を中心に描かれるのかと思ったが、そうではなく、彼が故郷のマンチェスターに戻ってくると、その地では判事たちが自分たちの地位を脅かしそうな労働者階級を不当に逮捕して排除していた。

 

議会も力がなく、市民全員の参政権を求めて自由の集会をしようと計画する。そしてロンドンでの集会で名声のある活動家ジョージ・ハントを招聘することに成功。住民たちはピータールー広場に大集合していく。

 

物語は、集会までの判事たちの思惑などを交え、市民たちの不安などを描きながら、特に主人公を作らない群像劇として展開していく。絵作りが美しいので、19世紀のイギリスマンチェスターの風景が素晴らしいが、その素朴さがかえって物語のテーマ性を強めていきます。

 

クライマックス、無武装で平和に終わろうと集まる群衆に、判事たちが準備した軍隊が突入。最初は平和的に散会させるつもりが、いつのまにか武器による殺戮へとエスカレートしていく。そして集会後に惨状を見る報道記者たちは、これを記事にしようとし、一方王室では能天気な国王らの談笑シーンが描かれ映画は終わる。

 

歴史の史実を知らないこともあり、どの程度の重要性がある事件なのか理解できなかった。ただ、しっかりと作られた良質の作品であり、見応えはありました。

 

「あなたの名前を呼べたなら」

これという優れたものはないけれど、素直に好感できるラブストーリーでした。インドの身分制度の現実も垣間見られて、ちょっとした作品でした。監督はロヘナ・ゲラ。

 

実業家のアシュヴィンの高級マンションでメイドをするラトナのカットから、アシュヴィンが結婚を中止にして落ちこんでいるカットへ入って映画は始まる。

 

どうやらアシュヴィンの結婚相手は浮気性らしく、直前で結婚式を中止、自宅に戻ってきた。迎えたのは献身的に優しいメイドのラトナ。といっても仕事に忠実なだけで、彼女もまた未亡人だった。しかも生まれの村の風習で、未亡人は一生未亡人で再婚は許されないのだという。

 

しかし、大都市ムンバイで働く彼女にはファッションデザインの仕事をするという夢があった。メイドの傍、裁縫学校に行かせてもらい生き生きしてくる彼女に、いつの間にかアシュヴィンは心惹かれるようになっていく。

 

しかし、厳格な身分制度のインドでは絶対に許されない関係であることを何度も説明するラトナ。アシュヴィンはアメリカに住んでいたこともあり、自由な考えを持っていたが、一方でインドの風習は破り難いものがあった。

 

ある夜、アシュヴィンはとうとうラトナに口づけをしてしまう。さらにいつの間にか二人の関係も噂になり始めていた。困ったラトナは家を出る決心をする。彼女が去った後、アシュヴィンもアメリカに戻る決心をする。

 

妹のところで暮らすラトナにアシュヴィンから連絡が入る。紹介されたところに行くと、アシュヴィンの友人でファッションの仕事をしている店に紹介され、ファッションデザイナーの職を得る。アシュヴィンの計らいだと知ったラトナは礼をいうためマンションに行くが、すでにアシュヴィンはそこにいなかった。

 

マンションの屋上に行き、ひとり夜景を見るラトナにアシュヴィンから電話が入る。ラトナは、それまで「旦那様」としか呼んでいなかったアシュヴィンを初めて名前で呼んで暗転映画は終わる。

 

インド社会のどうしようもない身分制度を逆手にとったプラトニックなラブストーリーは、ある意味新鮮だし、一方でモダンでもある。その空気感が作品に好感度を与えた感じです。良かった。

 

「沈黙SILENCE」(篠田正浩監督版)

マーティン・スコセッシが最近映画にした作品の篠田正浩監督版である。宮川一夫のカメラも美しく、様式美で描かれる映像の中に、キリスト布教の本質を描いていくドラマはなかなか見ごたえがあります。

 

映画は、二人の宣教師が日本の小島にやってくるところから始まります。身を隠して布教を始めるも間も無くして、ひとりの男に密告され捕まります。

 

物語は、奉行所の執拗な弾圧と拷問の中、キリスト布教の本来の意味が問いかけられ、捕まった宣教師が追い詰められ苦悩する様子が延々と描かれます。

 

絵作りの美しさと、クローズアップを多用する人物描写が見事で、どんどん話に引き込まれていき、果たして、キリスト布教の方法が正しいものか見ている私たちも問いかけられていく。

 

やがて、宣教師も踏み絵をしてキリスト教を離れ、日本人として生きることになり映画は終わります。スコセッシ版とどちらがというものでもありませんが、篠田正浩監督らしい絵作りが美しい作品でした。

映画感想「ライオン・キング」(超実写版)「マイ・エンジェル」「瀬戸内少年野球団」

ライオン・キング

実写版というよりフルCGアニメである。たしかにここまでCGで描けるようになったかと思うとすごいと思う。物語はオリジナル版をややコンパクトにした感じになっているので、オリジナル版ほどに芸術性を感じられないのはちょっとさみしいが、労力と資金力に脱帽する一本でした。監督はジョン・ファブロー。

 

ジャングルの王ムファサの息子シンバの披露目の集会から物語は始まる。シンバは父のように強くなろうと向こう見ずを繰り返すが、そんなシンバにかねてより王の座を狙うムファサの弟スカーの謀略が迫る。そして、そそのかされたシンバはヌーの暴走を呼び起こしてしまう。ヌーの大群に襲われたシンバは、駆けつけたムファサに助けられたものの、スカーによってムファサは殺され、シンバも追放される。やがて成長したシンバは、スカーが王になってから寂れていった王国を立て直すために戻ってくる。

 

二次元アニメでは表現できた絵画的な色調の美しさは、リアルCGになったことで完全に失われ、動物を表現するというテクニカルな見せ場が全面に出てしまった展開となった。まるで生身のように見える動物の細かい仕草の隅々が素晴らしい出来栄えで、映画の進化の一つという感じの作品に仕上がっていました。

 

「マイ・エンジェル」

絵作りの美しさ、カメラワークのリズムといい、クオリティの高い作品でしたが、いかんせん物語があまりにも荒んでいるので、見づらかった。監督はバネッサ・フィロ。

 

コートダジュールの美しい景色、特に空の雲を捉えるオープニングが眼を見張るように美しい。この日、シングルマザーでエリーという8歳の娘と暮らすマルレーヌは再婚の結婚式で船上にいた。

 

お酒が好きで、男好きのマルレーヌだが、娘のエリーを溺愛している。この日の結婚式でも、馬鹿騒ぎをし、酔った勢いで新郎以外の男と抱き合っているのを新郎に見つかり放り出されてしまう。

 

マルレーヌはエリーを連れて自宅に戻るが、アルコール好きは治らず、いつも酒瓶が傍にある。そんな母の姿を見て自分も酒を飲むようになるエリー。なんとも言えない描写である。

 

ある時、友達に誘われたパーティに出かけたマルレーヌは、エリーを先に家に帰し、自分は男と出かけたまま行方不明になる。一人残されたエリーは、家にある食べ物といったら酒しかなく、酒を飲むようになる。

 

そして、エリーは、たまたま向かいに住む父の元をおとづれて面識のあったフリオと知り合う。フリオは浜辺のキャンピングカーに住んでいて、かつては崖から飛び込む選手だったが、心臓を手術して以来、飛び込めなくなっていた。

 

エリーは孤独を癒すために執拗にフリオの後を付きまとい、フリオもエリーを気にかけるようになる。学校では劇の準備が進んでいて、エリーは人魚の役になっていた。

 

そんな頃、ようやくマルレーヌが帰ってくる。そして、エリーが拒否したにもかかわらず劇を見に来る。フリオは当然のように劇を見にきていた。しかし、出番前に兼ねてからエリーを憎んでいた友達に服を破られ、口紅を塗りたくられ、エリーは一人学校から逃げ出す。

 

マルレーヌは、必死でエリーを探すが、エリーはフリオの家のそばの崖に向かっていた。そこへマルレーヌがやってくるが、目の前でエリーは海へ飛び込む。駆けつけたフリオは、飛び込んだら命が危ないのを承知で崖から飛び込みエリーを助ける。

 

エリーを抱きしめこちらに走ってくるマルレーヌのカットで映画が終わる。はたそてフリオはどうなったのかはわからないままである。

 

とにかくカメラが抜群に美しい。さらにクローズアップを中心にした構図で、差し迫る母娘の姿をリアルに捉え、どう育て、接したら良いかわからずにもがくマルレーヌを見せる描写もすごい。さらに、セリフは少ないものの、表情だけで見せるエリーも見事。なかなかの作品だったと思います。

 

瀬戸内少年野球団

およそ40年ぶりくらいに見直したけど、これは何度見ても良い本当の名作やなと思います。物語の構成、展開、脚本の深さ、詩情あふれる映像、胸に迫る人間味ある登場人物たち。みんなに見て欲しい映画というのは限られますが、これはそんな一本だと思いました。監督は篠田正浩

 

瀬戸内の淡路島、終戦の日に物語は始まります。夫が戦地に行き、戦死したらしいという知らせで、その弟との結婚を迫られている教師の駒子。戦後の世相を見事に見せるこのエピソードがまずすごい。

 

物語の前半は駒子の物語を中心に、様々な人たちが入れ替わりこの島に入ってきて、混乱する話が描かれ、後半は野球を通じて、子供達と教師、強いては大人たちがまとまって、未来に進む姿が描かれる。

 

登場人物それぞれにドラマがあり、そのドラマが全て奥の深い内容を秘めていて、胸に迫ってきます。ラストに至っては、少年たちのマドンナ的存在の武女が東京へ去っていくシーンで、日本の新たな時代の到来を見せる。

 

素晴らしいの一言に尽きる名作だなと改めて思いました。こういう映画は多くの人に見て欲しいですね。

 

 

 

 

 

映画感想「札幌オリンピック」

札幌オリンピック

私の世代ではオリンピックといえば札幌オリンピック。そんな懐かしさから見に行きました。ドキュメンタリーとしての仕上がりは、名作と言われる「東京オリンピック」とはちょっとレベルダウンという感じでした。監督は篠田正浩

 

ドキュメンタリーなので、順番に競技を追っていく。見たいのはジャネット・リンなので、そこだけが注目。あとは笠谷らのジャンプですね。日本勢があまり活躍していないので、ちょっとさみしいです。

まあ、懐かしさだけで見た一本。