くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「2001年宇宙の旅」

2001年宇宙の旅」(デジタルリマスター次世代IMAX上映)

お世辞にも面白い映画ではないですが、やはり別格の映画ですね。ああいうイメージが作り出せるスタンリー・キューブリック監督の並はずれた才能に圧倒されます。

 

物語は今更いうまでもないので、今回は最新のレーザーIMAX上映によるデジタルリマスター版の感想などを。

 

IMAXのスクリーンはどちらかというと縦にでかい。しかし、この作品はシネラマ作品なので、極端な横長画面である。若干70ミリ版リストアされた形の映像ですが、やはりこの映画は極端な横長画面、シネラマで再見したかったです。といってもシネラマ上映できる劇場自体すでにないのですから不可能。

 

で、音響も映像も最新技術で蘇りました。やはり、画面のスケールは圧倒。しかもフィルムのみが作り出せる美しい景色、特にオープニングの人類の夜明けのシーンは息を呑みます。流石にデジタル技術が進歩した現代でもこの絵は再現できませんね。

 

もう一点は、音の強弱がくっきりしたために、宇宙空間の無音の静寂が際立ったこと、ラストシーンの真っ白な部屋での物音や息遣い、ざわざわする不気味な声がはっきり浮かび上がりました。

 

しかし、個々のテクニカルなクオリティより、作品全体の映像芸術とも言える表現は流石に圧倒されます。これがキューブリックですね。私のような凡人には絶対全てを理解することも、こういう映像を作り出すこともできないと思いました。

映画感想「負け犬の美学」

負け犬の美学

観客に賞賛されるヒーロー物でも、よくあるクライマックスもないけれど、ヒューマンドラマとして徹底的に捉えた敗戦ボクサーの物語は、みじかな人生を目の当たりに見せつけられるようで胸を打たれました。監督はサミュエル・ジュイ

 

これと言って華やかな活躍もせず、ただボクシングが好きと言うだけで45歳になった主人公スティーブは、今日も殴られるばかりの試合から帰宅。スーパーで買い物をし、大切な妻と子供達に囲まれている普通の毎日である。

 

娘のオロールはピアノが好きで、先生からも才能があると言われ、スティーブはなんとかピアノを買ってやろうと、今脚光を浴びているチャンピオンボクサーエンバレクのスパーリングパートナーに志願する。

 

すでに45歳、しかも大した戦績もないスティーブに最初は敬遠したが、熱心に売り込む彼の姿にほだされ、トレーナーも彼を送り込む。当然、体力的にも技術的にも相手にならず、最初はけんもほろろに扱われるが、どこか、その大人の魅力に惹かれたエンバレクは最後まで彼を留める。

 

やがて、公開スパーリングの日、見にきたオロールの前で嘲笑を浴びるスティーブの姿を見て、すっかり落胆。やがて、全てのスパーリングが終わり、その帰り、エンバレクはスティーブを呼び、自分のタイトルマッチの前座の試合に出ることを勧める。

 

ティーブはその試合を最後にし、勝つことをオロールに約束。試合が終わり、帰ってきたスティーブを、オロールが迎えてエンディング。

 

ヒューマンドラマらしいヒューマンドラマという感じの作品で、見終わって胸に迫るものが残りました。良質の一本という感じでした。

映画感想「スカイライン 奪還」「つかのまの愛人」「あの頃、君を追いかけた」

スカイライン 奪還」

今回も見せ場の連続で、無駄なツッコミが発生するよりどんどん話が前に進むので、何も考えずに楽しめる娯楽映画に仕上がってました。監督はリアル・オドネル。

 

時間は前作と同じタイミングから始まります。ロス警察のマークは息子のトレントが喧嘩をして逮捕されたとの知らせで署にやってくるところから映画が始まる。正義感の強いトレントとマークは帰ろうとするが車が調子が悪く地下鉄へ。そこでエイリアンの襲撃と遭遇。前作の戦闘シーンが所々に挿入され、時間軸を統一。この演出はなかなかのものです。

 

エイリアンから逃げ回るもののとうとうマークもトレントも、地下鉄職員オードリーも捕まってしまう。ところが、脳を取られそうになる寸前、一匹のエイリアンに助けられる。このエイリアンこそ前作で脳を取られたジャレッドだった。そして妻のエレインは光を浴びたため、通常より早く臨月を迎え、女の子を出産する。しかしその出産でエレインは死ぬ。マークはその赤ん坊を守ることを約束してジャレッドと協力。

 

一方トレントは抵抗の末に捕まり怪物にされてしまう。エイリアンになったジャレッドはこの宇宙船を破壊する計画で動いていた。そして、エネルギーのボールで見事に宇宙船を爆破、大破したまま、ラオスに不時着。ジャレッドは破壊工作の中死んでしまう。

 

マークは赤ん坊を連れ、オードリーと脱出。現地でスアら抵抗組織のメンバーと知り合い、エイリアンに交戦を始める。脱出の途中で、危ないところをトレントが変身したエイリアンに助けられる。

 

生まれた赤ん坊はみるみる大きくなり少女にまで成長。しかもその血清はエイリアンを倒すことができると判明する。この辺りよく考えると、どう言う仕組み?みたいな気もする。

 

どうやら宇宙船に乗っておるエイリアンは一匹だけで他は人間の脳を取り込んだだけの奴隷のような化け物であるとわかる。これもまた強引。

 

不時着した宇宙船からは、巨大なバトルスーツに身を包んだエイリアンが、赤ん坊を奪取すべく現れる。エイリアンは人間の赤ん坊である実験をしているらしいセリフがあるが、一体マークはいつ知ったの?

 

交戦する中、勝手に離れた少女の危ない瞬間に現れたマークの息子トレントが巨大バトルスーツで登場、エイリアンに戦いを臨む。一方、マーク達は血清を仕込んだ爆弾を宇宙船の光の大砲に打ち込み、青い光で悪者に感化されている変身エイリアン達を赤い光の善玉に変え、とうとうエイリアン本人も倒されて大団円。

 

10年後、少女はローズというマークの奥さんの名前をもらい、地球を守る戦士となり変身したトレント達と、向かってくる新たなエイリアンに宇宙船で立ち向かうシーンでエンディング。えーまだ続くの?

 

本当に単純な娯楽映画で、今回はラオスに不時着したので、現地の戦士とエイリアンの格闘アクションも登場、何が何だかわからない死闘が繰り返される。

 

エイリアンの科学的な弱点についてはかなり適当な理由づけでどんどん話を進める強引さはかえって潔くて面白いし、日本のアニメさながらに巨大バトルスーツに身を包んでの戦いも、ニンマリしながら見ることができた。B級かもしれませんがよくできたSFエンターテインメントでした。

 

つかのまの愛人

フランス映画らしいちょっとしゃれた感じの作品で、男と女の物語が不思議な魅力で語られた秀作でした。監督はフィリップ・ガレル

 

大学の校舎の階段、女子大生のアリアーヌが駆け上がってくる。すぐ後を教授のジルが駆け上がってきて、二人で教師専用のトイレに入りSEXするシーンから幕を開ける。カットが変わると、ジャンヌが恋人マテオに追い出され泣き崩れている。父ジルのアパートに転がり込むが、アリアーヌが奥の寝室で眠っていた。

 

アリアーヌとジャンヌは同い年、不思議な三人の生活が始まって物語が始まる。ジルの留守の時、アリアーヌとジャンヌは同い年ということもあり、女同士で男関係の話やジャンヌが別れたマテオとの話などに花を咲かせる。

 

そしてジルが帰ってくると、ジルとアリアーヌは恋人同士となり、ジャンヌの存在が微妙な立場になるが、それはまたジルとジャンヌが親子になればアリアーヌが微妙な立場になる。

 

アリアーヌがある時帰ってくると、ジャンヌが窓から飛び降りようとしていた。マテオがいまでも好きなのだと叫ぶジャンヌにアリアーヌは必死で慰めてやる。

 

大学で学生達の授業の時アリアーヌに近づいてくる男子学生がいた。ジルは見て見ぬ振りをしたものの、アリアーヌはその男子学生と一夜を共にし、今回限りと鏡に書き置きして家に戻ってくる。当然、ジルには嘘をつく。

 

ジャンヌは、たまたま道で、ポルノ雑誌に写っているアリアーヌを見つけるが、ジルには話さなかった。

 

ジャンヌには新しいボーイフレンドができたが、ある時、ジャンヌがアリアーヌと待ち合わせている時にそのボーイフレンドと会い、三人で食事をする。しかし、その日アリアーヌはその男性と学校のトイレでSEXをする。しかも、たまたまそに現場をジルが見てしまう。

 

帰ってきたアリアーヌをなじるジル。アリアーヌはつかのまの愛だからすぐに消えるのだと訴え、後悔し、今でもジルを愛していると抱きつく。しかし、やがてアリアーヌは出て行き、ジルとジャンヌの二人になる。

 

三ヶ月が経ち、ジャンヌの誕生日にジルもやってくるが、その席にマテオがいた。ジャンヌとマテオは元の鞘に収まったのだと言う。ジルと別れたジャンヌとマテオは夜の街で熱いキスを交わす。映画はここで暗転エンディング。

 

それぞれの心の声が入れ替わりながら語られ、その繰り返しで物語が進んでいく。特に凝った画面作りはせず、淡々と三人の物語が描かれるが、そのどれもに男と女の、言葉にできない関係が描かれて行く。不思議な機微を表現した作品で、一見思いつきそうで思いつかないストーリーだったように思えます。いい映画でした。

 

「あの頃、君を追いかけた」

台湾版のオリジナルから毒が抜けた感じですが、日本映画として洗練された出来栄えになり、誰もが通ってきた青春の時間を、うまくまとめた物語構成で、切なく描き切った秀作にしあがっていました。監督は長谷川康夫

 

オープニングはオリジナル版と同じくりんごのカットから始まります。スーツ姿の主人公浩介が、幼馴染に急かされるカット。そして物語は高校時代に遡る。

 

主人公浩介が、授業態度が良くないと、真愛の前に座らされる。真愛はクラスでも一番人気の美少女で、この頃、詩子や陽平ら仲の良い仲間でつるんでいたメンバーの一人だった。物語はオリジナル版同様にそれぞれの友達の姿を簡単に紹介し後はたわいのない青春ストーリーが続く。

 

浩介は真愛のことが好きだが、まっすぐに気持ちを表現できない。一方の真愛も浩介への気持ちをはっきり見せない。しかし、二人が好き同士なのは周りの誰もが知っていた。

 

そんな、誰もが経験してきたプラトニックな恋を軸に、彼らの周りのさりげない青春の時間が平凡なのだがみずみずしいタッチで描かれていく。

 

恋に発展するようで発展せず、ほんの些細なことで、別々になってしまう浩介と真愛。高校から大学、さらに社会人へと、気がつけば時間は過ぎ去っていた。

 

そしてある時真愛から浩介へ、結婚すると言う連絡が入る。冒頭のカットはこれから真愛の結婚式に行く浩介達である。そして、結婚式で新婦にキスをしたいと提案して、まず新郎にキスをしなさいと言うオリジナル版同様の展開から、浩介が真愛とキスをする幻想、彼らの過去がフラッシュバックされる。そして、浩介が真愛と結婚するパラレルワールドならと言う切ないラストのセリフと、りんごのカットでエンディング。

 

台湾版は、やや稚拙な演出が目立ち、それがかえって毒になって面白かったが、日本版はその毒をそぎ落とし、甘酸っぱい青春映画として仕上げた。それぞれに思わず胸が熱くなるのは、ラストの畳み掛けを特徴の脚本の良さかもしれません。映画のクオリティが綺麗にこなれたいい映画になっていた気がします。見てよかったです。

映画感想「アンダー・ザ・シルバーレイク」「日々是好日」

アンダー・ザ・シルバーレイク

不思議なシュール感とスタイリッシュな映像でどこか癖になる作風の映画ですが、思わせぶりの繰り返しが行き着く場所を見つけられないままに延々と続くのはさすがに眠気が襲ってきてしまいました。監督はデビッド・ロバート・ミッチェル。

 

ショーウィンドウに書かれた「犬殺しを許すな」を店員が必死で消している。それを見つめるカメラ視点がゆっくりと一人の青年サムの顔に移る。このオープニングから不思議に引き込まれる。

 

カフェでお茶を済ませ、自宅に向かう彼を追うカメラ、突然木の上からスカンク?リス?の死骸が落ちてきて不気味にサムを見つめる。用水の枯葉を掃除している男の脇を通って柵の中を進むとやがて彼のアパートが見えてくる。

 

彼の部屋は二階にあり、入り口に、家賃滞納しているから5日以内に入金せよという張り紙。彼の部屋のベランダからはプールが見下ろされ、向かいのアパートでは上半身裸の中年の女がいる。プールに金髪の美女サラが犬を連れてやってきて、その様子を双眼鏡で見つめるサム。まさにヒッチコック映画である。

 

この作品、全編にヒッチコック色満載で、サラの犬をつけてサラの部屋の前に行き、サラが出てくるところは、金髪でいかにもヒッチコックタッチの効果音とカメラアングルで登場する。誘われるままにサラの部屋に入りベッドで仲良くするサム。ところがこれからという時に女友達が帰ってきて、今日はここまでと追い出される。リビングには別の女性や海賊の格好をした男がいる。

 

翌日、サラの部屋に行ったサムは部屋がもぬけの殻で、四角を並べた暗号のようなものが壁に書かれているのを知る。しばらくいると、別の女が何やら荷物を取りに来て出て行く。早速、その車を追いかけるが、そのタッチもまさにヒッチコック映画「めまい」である。

 

この街には、やたら行方不明の犬の張り紙が多いし、街を行き来する人々の景色もどこか普通とは違う気がする。

 

そして、サムは女についてパーティに潜入。セレブ達が集うその席で、一人の行方不明だった富豪が死んだというニュースが入る。しかも燃えた車に三人の女性が乗っていたことがわかりその三人の女性の一人がサラであることが燃えた帽子でわかる。この辺りの伏線もヒッチコックである。

 

サムはサラのことを探し始め、次々と現れる謎の女性達に近づいては、手がかりを探って行く。さらに、とある書店に置いてある同人誌に書かれている「犬殺しの云々」という言葉が気になり、そのミニコミ誌の著者を尋ねると、この街には様々な暗号が隠されていると説明される。そして、サラの部屋の暗号もわかり、サムが買ったレコードから暗号を解き、その場所に行くとホームレスの王様なる男は現れる。

そして目隠しされて連れて行かれた先には巨大な洞窟があり、明らかに防空壕だと知る。

 

とにかくセレブのパーティで次々と新しい女性と絡みながら手がかりを掴むかと思えば、不可思議な展開で元に戻るを繰り返す中盤から後半が次第に混沌としてきて、物語の先が読めなくなってくる。

 

そして、父が車で焼け死んだセレブの娘と知り合ったサムは彼女から、父から譲られたブレスレットを受け取る。しかし何者かに彼女も殺され、サムはそのブレスレットから、ついにある場所を突き止める。そしてそこに行くと、小屋の中に女性三人と男が新興宗教のような姿でおり、サラは生きているが、この地下にある閉鎖空間で暮らしていると知らされる。

 

そして出口のないコンクリートで囲まれているらしい地下空間のサラとサムはテレビ電話で話い、最後の別れをする。

 

サムは自宅に戻り、向かいの部屋の中年の女性の部屋を訪ね、ベッドイン。そしてベランダに出ると向かいにあるサムの部屋にアパートの大家と警察が強制立ち退きの手続きにやってきたのを眺めてエンディング。

 

結局、シルバーレイクの町の地下にはそういう不思議空間が作られていて、その秘密を守るために普通に殺人が行われているらしいのがわかるが、なぜ犬殺しがキーワードになるのかがわからなかった。何度も出てくる海賊風の男の意味も最後まで不明。

 

とにかく、不思議なシュールさの漂う映画であるが、物語の構成が同じ流れを繰り返すので、畳みかけていかない。不可思議な画面演出を繰り返し、思わせぶりなカットが何度も繰り返されるが、夜、車にイタズラする悪ガキのエピソードも、途中でてくるホームレスの王様の存在も、全体の物語の中で繋がる物を見つけられないままに見終わってしまった感じである。

 

何度も書きますが、全編ヒッチコック映画のあのシーンこのシーンの連続で、もしかしたら何度も見たらいろんな発見や伏線が散りばめられているのかもしれないが、前半に比べて後半がしんどいと感じてしまった。でもちょっと面白い作品でした。

 

「日々是好日」

たわいのないお話なのですが、いろいろ考えさせられる素敵な映画でした。たくさん映画を見ているとこういう自分を励ましてくれる映画に出会うからいいです。監督は大友立嗣。

 

主人公典子の10歳の日、両親に連れられて映画「道」を見て帰ってきたカットから映画が始まり、物語は二十歳の典子へ。

 

この日いとこの美智子が遊びにきていて、近所でお茶を教えている武田のおばさんの話題になる。そこから一気に美智子と典子はお茶を習い始めて物語は本編へ。

 

たわいなく展開するお茶の教室の場面。季節の移り変わり、時の流れが、ゆっくりと、でも気がつくと一年経っているという流れで描かれ、季節の花、雨、暑さ、寒さがさりげない画面の隅に描写される。

 

時が移り変わる中、典子と美智子の毎日もほんの少しづつ変わって行く様がなんとも言えなく心地よい。お茶の作法に理屈を求める最初から、それはそういうものですと言い切る武田のおばさんの言葉が次第にわかるようになってくる中盤。

 

それは大人になって行く成長の姿なのかもしれないさりげない展開が、静かな中に心地よさを生み出してくれます。

 

卒業、就職、結婚、父の死、人生の移り変わりが心の成長を生み、その流れがお茶という日本独特の文化の中に息づいている。

 

ラスト近く、典子は美智子に言う。大人になって見直した「道」と言う映画が本当に素晴らしく、涙が止まらなくなった。いつのまにか、大人になったのです。

 

物静かで癒されるけれど、芯がしっかりした映画、そんな表現をしてみたくなる一本でした。

 

 

映画感想「灰とダイヤモンド」「ルイスと不思議の時計」「スモールフット」

灰とダイヤモンド」(デジタルリマスター版)

アンジェイ・ワイダ監督の傑作を再見。やはり素晴らしい。画面の作り、美しさはため息は出るほどに完成されているし、切ないほどの青春ドラマは胸を打ちます。こういう映画は何度見ても背筋が寒くなってしまいますね。

 

映画が始まると、主人公マチェックが、ターゲットの要人を待っている。そして相棒のアンジェイと襲撃に成功して上官に報告するためにホテルのバーへ。ところがそこへやってきたのは本当のターゲットで、マチェックたちは間違えて別人を殺したことがわかる。

 

一方、マチェックはバーで働く女性と恋に落ちる。また、本当のターゲットの隣に部屋を取り、再度襲撃する準備をするが、このまま、生きていきたいという心の揺れが起こり始める。

 

冒頭の襲撃シーンのキリストの像のカットや、女性と二人で廃墟の教会に行く場面のキリスト像のカット、本当のターゲットを撃ち、その体を抱かえるまチェックの背後に上がる花火、そしてゴミの山の中で死ぬラストシーンなど、名場面の数々に引き込まれてしまいます。

 

名作とは何度見ても魅せてくれる。これが映画史に残る一本ですね。

 

ルイスと不思議の時計

面白いはずのファンタジーなのに、どうも引き込まれない。ジャック・ブラックケイト・ブランシェットなど芸達者を配置した割には、脚本が弱くて、乗り切れなかった。監督はイーライ・ロス

 

両親を事故で亡くした主人公の少年ルイスが叔父のジョナサンの元にやってくるところから映画が始まる。なんとジョナサンは二流だが魔法使いで、家の中には不思議な時計が山のようにあり、隣には女魔法使いのツィマーマンが住んでいる。

 

ジョナサンの家には壁の中に破滅に導く不気味な時計があるらしく、その時計をジョナサンは探している。また秘密の戸棚には一冊の本が隠してあり、ジョナサンはルイスに絶対開けるなと言っていた。

 

ルイスは友達と仲良くなるために魔法を信じさせようと家に招き、その友達の仕業で秘密の戸棚を開き、中にある死者を蘇らす魔法の本を発見、試してしまう。それは、アイザックというかつてジョナサンの相棒で危険な魔法を研究していた人物を蘇らせることになる。

 

この展開がどうもうまく処理されていなくて、だらだらと展開して行く。そして蘇って、世界の時間を逆戻りさせるような破滅の時計が動き出し、それを阻止するためにジョナサンたちが向かうが、結局、ルイスが両親からもらっていたボールのようなもので阻止して大団円。

 

サスペンス色も弱いし、エンタメ性も中途半端、主役たちもどうも乗り切っていない。大作のようだが、できが悪いというほかない仕上がりの映画でした。

 

スモールフット

あまりこの手のアニメは見ないのですが、結構面白かったし良かった。物語の展開がしっかりしてるし、テンポもいいので飽きませんでした。監督はカーク・パトリック。

 

ストーンといわれるたくさんの掟を決めて平和に暮らすイエティ達。ヒマラヤの山の頂上に住み、下界とは雲で遮られ、雲の下には何もない空間があると教えられている。

 

主人公のミーゴはある時、不時着してきた飛行機と遭遇、架空のものと言われていたスモールフット=人間と遭遇し、雲の下に興味を持ち始める。そして、未知の世界を探すサークルのメンバーの助けで雲の下に行き、そこで、人間の社会を見つける。

 

知り合った一人の人間パーシーと次第に心が通じ始め、ミーゴは他のイエティにスモールフットの存在を証明するためにパーシーを連れて帰る。しかし、じつは人間が存在することはリーダーは知っていて、大昔、人間に迫害され、いまの山の頂上に暮らすようになったという歴史を知らされる。

 

連れてきたパーシーは空気が薄くて死にかけてきたのでリーダーの娘ミーチーが下界に連れて行くが、そこで、人間達のターゲットにされてしまう。ミーチを助けるためにミーゴ達がやってきて、ミーチーと逃げるが、最後の最後でパーシーの機転でミーゴ達は無事山の上に帰る。

 

そしてエピローグ。全てをあきらかにしたイエティのリーダー達の元、人間達と仲良く暮らすために山を降りてきて映画が終わる。

 

若干、差別メッセージなども見え隠れする気もするが、素直に見ればほのぼのした感動物語でした。絵も綺麗だし、展開もテンポいいし、楽しく見ることができました。

映画感想「バーバラと心の巨人」「音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!」

バーバラと心の巨人

グラフィックノベルを原作にしたファンタジックな物語なのですが、ちょっと展開のリズムが悪いのか、間延びしてしまうのがとっても残念な作品。主人公を演じたマディソン・ウルフも周りの脇役もいい感じなのに、エピソードの配分と演出の畳み掛けが上手くテンポにのっていない感じでした。監督はアナス・バルター。

 

主人公バーバラはいつも耳にウサギの耳をつけて、自分にしか見えない巨人から町を守るために毎日、いろいろな仕掛けや防護策をしながら生活している。そんな彼女をクラスメートもおかしな子として扱っていた。そんな時、一人の転校生ソフィアが近づいてくる。さらに新任の心理学士モル先生も彼女に興味を持っていた。

 

バーバラは姉カレンが働きで生活しているが、カレンも奇行を繰り返すバーバラにうんざりしていた。さらにクラスのいじめっ子もバーバラを目の敵にし始める。

 

次第に巨人の脅威が迫ってくる中、たまたまバーバラはソフィアと喧嘩してしまう。しかもそれにつけ込んだいじめっ子がソフィアに付け入り、バーバラが海岸などに仕掛けた巨人対策の仕掛けを教え壊してしまう。

 

その現場に駆けつけたバーバラはいじめっ子に戦いを挑むが頼みにしている自分の武器が作用せず、返り討ちにあってしまう。気を失ったバーバラを自宅の二階に運んだソフィアはそこで、バーバラの母がベッドで寝ているのを目撃する。

 

バーバラの母は病気で余命いくばくもなく、その死を受け入れられないバーバラは、死を巨人とすり替えて、母を守らんとしていたのだ。モル先生もその事実を知り、バーバラに話すが、その場を飛び出してしまう。

 

ソフィアに秘密を見られたバーバラは学校へ行かず、廃線跡の隠れ家で間も無くやってくる巨人と戦うべく準備していた。やがて巨大な嵐がやってきて、海岸にきたバーバラは巨人と最後の戦いに臨む。ソフィアは、海岸にあるバーバラの隠れ家で息を潜め、時間の過ぎるのを待った。

 

やがて海から巨大なタイタンが現れ、バーバラは秘密の武器で敢然と戦いを挑み、見事に倒してしまう。そしてようやく、現実に目を向けたバーバラは、母のベッドに顔を埋める。

 

夏休みが終わり登校の初日、うさぎの耳もつけていないバーバラをモル先生が呼びに来る。間も無くお母さんが行ってしまうという。そして葬儀の場面にカットが変わり、葬儀が終わりカレンと一緒にバーバラは歩き去って映画が終わる。

 

一人の繊細な心を持った少女の、切ない心の葛藤の物語を、架空の巨人の存在というファンタジックな設定で描いた面白さは、本当にオリジナリティ満点なのですが、バーバラ以外のキャラクターの絡み方がどうも弱く、テンポに乗り切らなかった感じです。面白くなりそうで感動を呼びそうな展開なのにちょっと勿体無い感じの映画でした。

 

「音量を上げろよタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!」

久しぶりの三木聡監督作品なので、かなり期待したのですが、いつものノリはちらほら見えるのですが、全体が一つにまとまらない上に、妙な間延びが目立ってしまって、入り込み切りませんでした。麻生久美子岩松了などいつもの常連が出てる場面は決まっていたのですが残念。

 

路上ライブをしているふうかのシーンから映画が始まるが、極端に声が小さくて、観客が聞こえない。という設定を全て台詞で見せているオープニングからまず弱い。続いて、人気のロックシンガー、シンのステージ、もう歌うのは控えたほうがいいと周囲に言われている。彼はその大音量の声を出すため声帯ドーピングという注射をしてステージに立っていた。そして、この日ステージで歌っている最中に血を吐いて倒れてしまう。

 

逃げ出したシンはバイクで疾走していて、帰り道を歩いていたふうかとぶつかる。そしてふうかはシンを病院へ連れて行くが、間も無くして行方をくらます。

 

ふうかが路上ライブしていると、しゃがんで聞いているシンを見つける。あまりに声が小さいふうかをなじるシン。口パク疑惑が起こって、またまた行方をくらますシン。次第にふうかとシンは何かにつけ会うようになる。

 

この辺りの流れが今ひとつまとまっていないし、時々三木監督らしいノリのシーンが挿入されるが、その場面だけが際立ってしまっている。シンの大音量の声も説明あっての迫力で映画になっていない。

 

ツアーさえもドタキャンし、追っ手たちといざこざの中で気を失ったシンを連れて、ふうかはかつて父が世話した韓国の花火工場へ行く。そして韓国でドーピングの回復手術を受けさせようとするが、またまた追っ手を争いになり、シンは花火で応戦。それが火薬取締法違反になりシンは逮捕される。

 

時が経ち、ふうかは絶叫ミュージシャンとして人気が出て、シンは韓国の刑務所にいた。ふうかはシンに声を届けるべく対馬でライブをする。シンは、刑務所内でふざけ、ライフルで撃たれる。

 

で、エンディングなのですが、ではシンに手術を受けさせる物語はどこへ行った?ふうかが絶叫を出せるようになったきっかけも弱い。何か、まとまりのない出来栄えが後から後から気になる作品で、これまでも、やや不条理な展開はあったものの、何か意味があったが、今回は完全に破綻してる気がします。

 

久しぶりの三木聡監督作品でしたが、不完全燃焼的に終わってしまいました。

 

映画感想「教誨師」「チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛」「パーフェクトワールド君といる奇跡」

教誨師

ほとんど室内からでない舞台劇のような様相で、ひたすら主人公で教誨師の佐伯と死刑囚との対話を描いていく心理ドラマのような映画。確かに重厚だが、もう少し会話の展開にリズムがないと全体の作品の仕上がりがまとまらない。面白いのだが、もうちょっと脚本や演出に工夫が欲しかった。監督は佐藤大

 

教誨師の佐伯が今日も死刑囚との会話を行なっている。次々と人が入れ替わり立ち替わり、様々な人々の人生や考え方が描かれていく。佐伯はそれぞれの人たちに、悔い改めることを解こうとするが時として相手の言葉に絶句してしまう瞬間もある。

 

佐伯の兄は少年時代にどうやら義理の父を殺したようで、その罪を悔いて自殺したらしい。このエピソードがもっと、死刑囚との対話の中で生きてくればいいのだが、ちょっともったいない。

 

死刑囚達の人生や、罪に至った経緯や、どんなことをしたのかが一部の人はわかりやすく見えてくるが、全く見えない人もいて、最後までややストレスになってくるとともに、しんどくなってくる。

 

やがて、刑の執行が決まり、対象の人物の執行の場に立ち会う佐伯。最後の最後で死刑囚が佐伯に思わず抱きついてしまう。

 

仕事が終わり、カバンを持って外に出ると、妻が迎えに来ている。途中、知人にあった妻は佐伯を残して車外へ。佐伯は、洗礼を望んだホームレスの老人にもらった雑誌のページを見ると、やっと覚えた字で「わたしたちをばっするのは、あなたがたなのか」というような意味ありげなことが書かれていた。

 

死刑囚を罰するのは果たして人間なのか、その問いかけに、ページを握りしめて歩いて行ってエンディング。

 

最後のシーンで全てを語るという手法ですが、ここまではっきり訴えるにはどうかと。しかもあの老人の言葉というのもちょっと違和感を感じてしまいました。でも、見応えもある一本でした。

 

「チューリップ・フィーバー 肖像に秘めた愛」

これは、意外にもなかなか見せてくれました。ほんの些細な偶然が次々と運命をあやつり、どんどん意図せぬ方向に展開していく様が見事で、下手をすると、訳がわからなくなりかけるところが見事に整理された脚本と映像演出に脱帽する映画でした。監督はジャスティン・チャドウウィック。

 

時は17世紀のアムステルダム。東洋から来たチューリップが投機取引の対象で熱を帯びている時代。孤児院にいたソフィアがサンツフォールド家のコルネリスの妻として孤児院を出るところから映画が始まる。

 

なんとか跡取りを作りたいと励むコルネリスだが、なかなかソフィアは身籠もらない。コルネリスはかつての妻との間に子ができたが二人とも死に、しかもその妻も他界したのだ。

 

ここに女中のマリアがいて、魚売りで出入りしているウィレムと恋仲だった。ウィレムはチューリップに投資し、マリアとの結婚を前向きに考えていた。

 

ある時、コルネリスは肖像画を描いてもらおうと若い画家ヤンを迎える。しかし間も無くしてヤンとソフィアの間には恋愛感情が生まれる。ある時、マリアのショールをかぶってヤンに会いに行ったソフィアを遠目に見たウィレムはてっきりマリアが画家といい仲になったと勘違い、そのあとチューリップ取引所で金を奪われたウィレムは盗んだ女を罵倒し、その女の兄に袋だたきに会い、海軍に無理やり入隊させられてしまう。

 

そうとは知らないマリアは、行方不明になったウィレムは自分を捨てたと勘違い、さらにウィレムとの間に子供ができたことを知る。絶望するマリアに、ソフィアはある提案をする。マリアの子供を自分の子供として産むように偽装することを計画、マリアはソフィアとヤンの関係も知っていたため、お互いの利のために共謀する。

 

一方ヤンは、自分の全財産をチューリップに投資し、次第に財を築いていた。

 

やがて臨月となり、マリアに陣痛が始まる。巧みにコルネリスに隠して無事出産。医者と共謀して、ソフィアは、疫病にもかかっていて死んでしまったとコルネリスに報告してもらい、マリアが赤ん坊を抱いてコルネリスの前に出る。ソフィアは棺に入り、ヤンとの待ち合わせの場所へ。ヤンは希少な球根を投機所で取引を行い巨額の取引を成立させる。

 

ところが待ち合わせ場所で、棺を出たソフィアは、これは罪だと改心し、家に駆け戻るが、幸せそうに赤ん坊を抱いているコルネリスを見て、自分の戻るところはないと判断、そのまま家を去る。途中、いつも身にまとっていたブルーのガウンを港に捨てて何処かへ去る。

 

一方ヤンは、巨額の取引の決済に、球根を取りにアル中の友人に行かせるが、帰り道酒を飲んでしまい球根を食べてしまう。全ての取引もご破算となり、文無しになったヤンは、ソフィアとの待ち合わせ場所に行くが、ソフィアが行方をくらましたと知り、家に向かう。途中、港でブルーのガウンが引き上げられるのを見ててっきりソフィアは自殺したと勘違いする。

 

一方、マリアの元にウィレムがかえってくる。そして、マリアと画家のことを問い詰めるが、それはソフィと画家だったことを説明、それをコルネリスが聞いていた。そして、マリアとウィレム、そして娘のために自分の財産を全て譲り、東インドへと旅立っていく。

 

8年が過ぎ、ヤンは画家としてそれなりの仕事をしていた。そんな彼に修道院の院長が修道院内の絵を頼む。修道院にやってきたヤンはそこで修道女となったソフィと再会、ソフィが生きていたことを知る。

 

一方、ウィレムとマリアはコルネリスの家で子沢山に恵まれ、サンツフォールドの家系を継いでいた。そして最初に生まれた女の子にはソフィと名付けて育てていた。コルネリスも行き先で家族を設けていたというナレーションが入り映画が終わる。

 

運命のいたずらか、ほんのわずかな偶然が生み出す奇遇な出来事に翻弄されていく人々の姿が見事に整理されて語られる脚本が見事な作品で、こういうクオリティの高い映画を見ると、やはり、まず脚本の大切さを実感してしまいます。本当に、なかなかの秀作でした。

 

パーフェクトワールド君といる奇跡」

よくあるエピソードの数々が羅列されるだけの展開と、次のセリフが予測されてしまう雑な脚本に、辟易としてしまう映画だった。原作があるので、映像化する段階での適当さがこういう映画にしたのだろう。しかも、演技のできる杉咲花をこういう適当な使い方をしたのはさすがにひどい。まあ杉咲花目当てで行った映画なのでいいと言えばいいにですが、ちょっとあんまりな一本でした。監督は柴山健次

 

インテリアデザイナーのつぐみは仕事先で高校時代の憧れの先輩鮎川と再会する。というよくあるオープニングだが、ここからあまりに芸のない演出と展開が続く。

 

実は鮎川は事故で車椅子生活になっていた。そして学生時代に付き合っていた彼女とも別れ、一生一人で生きると決めていた。と、告げるにもかかわらず、あっさりつぐみと付き合うことになり、恋愛展開になる。この変化が全く描かれていない。

 

しかも、何気ないシーンを雑に処理しているために、さらに映画がしまっていかない。流れとしてつぐみの両親の反対や、鮎川のトラブルも挿入され、使い尽くされたエピソードが次々と出てくる。

 

それもありなのはわかるが、その辺りはもっと脚本やセリフを練らないといけないと思う。さらに、突然、よくわからないが命に関わる手術をすることになった鮎川の元に、一旦は別れたつぐみが駆けつけて、もう死んでしまうんじゃないかという手紙をつぐみがもらう。

 

次のカットで高校の桜の木を見る二人のシーンから、鮎川がつぐみにプロポーズして、エンディング。結婚式のシーンがエンディングタイトルにかぶる。

 

流石にこれはないやろうという映画だった。アイドル映画でも作りようというのはあると思うし、過去にもたくさん名作が生まれている。要するに姿勢の問題なだけなのだと思います。