くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「私は貝になりたい」

私は貝になりたい

名脚本家橋本忍の力量を堪能する見事な作品でした。
久しぶりに日本の名作映画を見たという充実感と、古き良き映画全盛期の傑作を見たという感慨に浸ることができた作品でした。

物語はいまさら言うまでもないほどの有名なドラマです。
そんなことが判っていながら、いつの間にかのめりこんでしまって、のほほんとしている自分の生活に疑問を持ってしまうほどなテーマ性もしっかりと伝わってくる作品でした。

果たして、橋本忍さんの脚本の見事さなのか、福澤克雄監督の演出のすばらしさなのかは判りませんが、物語の展開のリズム、しっかりとした構成、緻密なせりふ設定などはさすがに橋本忍とうならせてくれます。

たとえば、主人公清水豊松の一人息子が夕飯の席で、「葬式があれば白いご飯が食べられるのに・・」のせりふのあとに父に赤紙が来て、その祝賀会の中でおにぎりをほうばる場面設定のうまさ。
出征にそなえて、妻のバリカンで頭を刈ってもらう場面のなかに豊松の回想シーンを挿入し、夫婦の馴れ初めなどを手際よく紹介する展開。
このあたりまでの、前半三分の一から、一転して、軍隊の場面を短時間に挿入し、終戦後帰宅したわずかのほのぼのしたシーンをはさんで、一気に投獄シーンへ。

こうして物語はそのテーマであるB級C級戦犯の物語へ進んでいきます。

そして、死刑が求刑され、重厚な展開へと入り込む一方で、200人の署名を集めるべき妻房江が奔走するまるで「砂の器」を思わせるようなシーンの挿入で、感情的に観客を引き込まんとする構成の見事さ。

一方、監房のなかで、石坂浩二演じるもと上官による、当時の男たちのあり方、考え方の説明。さらに鶴瓶によるインテリの存在、草薙剛演じる死刑囚のワンシーン、などなど脇に登場する人たちにも決して力を抜かず、ひとつのテーマに向かってしっかりとその存在を描いていきます。

1958年のテレビドラマから改訂を重ね、初公開当時の時代背景による反戦テーマは踏襲しつつも現代に通ずる家族の愛、人々の心のつながりを見事に盛り込んで、オリジナルには強すぎた反戦テーマを微妙に緩和させて、今こそ問いかける見事な人間ドラマに仕上げています。

凝った映像のテクニックや奇抜な演出に酔うことだけが映画の面白さではないこと。正当な名作映画をじっくり鑑賞することができる一本であったと思いました・