くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「武士の家計簿」「ゲゲゲの女房」

武士の家計簿

武士の家計簿
久しぶりの森田芳光監督作品である。幕末から明治にかけての加賀藩のとある下級武士の物語である。実話に基づくとはいえ、淡々と進む物語はどこかほっとするものがあります。さすがに若い頃のような毒のある演出はなされていませんが、抑揚のない物語の中にそれとなくつづられるさりげないセリフの中から生み出される生活感が何ともほほえましくてみていてほのぼのとしてしまいます。

物語は主人公猪山直之の息子成之が今や大人になり明治政府の財政官僚として勤める中でかつての自分の家をさかのぼって語る展開になっています。
ひたすらそろばんをはじきながら、一下級武士として、それなりの生活を送るこの家族。特に劇的な物語があるわけでもなく、家族間の確執や争いがあるわけでもない。ただひたすら日々を平凡に暮らす毎日が描かれる。

ただ、中心になるのは、ひたすら家族を守るため、お家を守るためにひたすら得意のそろばんを片手に事細かなお金のやりくりを丁寧に描いていくのみです。しかし、それぞれの登場人物がさりげなく繰り返す言葉の機微がなんとも魅力的で、一見ホームドラマのごとくですが、すでに戦の時代もはるか昔になり平穏に暮らす幕末の武士たちの素朴な有様が手に取るように語られていくさまはなんともいえない暖かさが漂ってくるのです。
ラストは、語り部となっていた成之が故郷を訪ね、父直之をおぶさって母と主に川岸を歩く。直之が「お城へ行きたい」といってふたりはそのまま歩いていく。

そんなとりとめのない物語にもかかわらず、二時間以上ある物語を飽きあせずにみることができる。それぞれのさりげないプロットが心地よいリズムをストーリーに生み出しているからでしょうか。どこがどうという訳でもないのですが、本当にすんなりと登場人物たちに感情移入してしまうのです。ぎらぎらした演出を見せることもなくなった森田芳光監督ですが、そこはかとなく演出するストーリーテリングの妙味は絶妙のものが伺え、一つの時代の一つの家族のさりげない一時期がいつの間にか心に残る一編となっていました。


ゲゲゲの女房
言わずとしれたNHKの連続ドラマの原作を元にした映画作品である。
といっても、テレビ版は当然のごとく丁寧に水木しげるの人生をほぼ忠実に時間を追って映画いているが、この映画作品は時間を追って真実を語っていくと言うより、主要な出来事はちりばめてあることはあるが、あくまで映画の作品としてオリジナルな物語に仕上がっている。そして何よりもテレビ版と違うのが、やはり映画は空間演出が行われていることである。テレビドラマは当然のごとくセット撮影中心でどこか舞台劇のごとくほとんど一つの場所から大きく移動することはないが、映画はやはり縦横無尽に戸外へカメラが移動する。その分、奥行きのあるドラマに仕上がるのは当然であろう。

さらに、この映画版は様々な映像演出のオリジナリティが見られるのです。
導入部はセピア色の色調で始まり、本編にはいると、戸外の場面は現代の景色をそのまま使って、あえて、当時の時代を見せるセットや場所をロケーションしていないのです。そしてそんな景色の中に妖怪たちが皮で洗い物をしていたりする。さらに、効果音と共に、妖怪たちの姿がちらりほらりと現れたり、劇中の漫画が動き出したり、遠くにいるはずの水木しげるの母が布枝に語りかけるために現れたり、とたのしい映像演出が多々見られそれが本当にこの作品の魅力につながっています。

そして、カメラアングルも、時に天井からじっと見据えてみたり、特に、人物が画面の中にいないシーンがたくさん出てくるのです。それは、もしかしたら、人間の知らないところに得体の知れない何かがいるのじゃないかと思わせるような楽しみも感じさせてくれるのです。

俗っぽいシーンや妙に実話めいたシーンもなく、水木しげるの出世物語でもない。ひたすら、夫婦の物語に終始すると主に、ひたすら貧乏生活の物語である。吹石一恵演ずる布枝がひたすら尽くす物語でもない。前述したように妖怪が日常のさりげなく登場するショットや時計を々ゼンマイを巻くシーン、二階にすむ貧乏間借り人などもどこかファンタジックな存在でもある。

そんなこんなで、ようやく少年マガジンに認められて連載が始まるところで夫婦で橋の彼方に歩いていくショットで終わるこの映画はなんとも幻想的で、暖かい映画なのです。テレビドラマで語ろうとしなかった水木しげるの摩訶不思議な人生のノスタルジーが見事に映像化された秀作であったと思います