くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「大人ドロップ」

大人ドロップ

今年の日本映画のベストワン、とってもいい、いやかなりいい、いや、とっても大好きな映画に出会いました。作品全体から漂ってくる空気がとっても心地よくて、切なくて、懐かしくて、たまらないのです。

監督は飯塚健、主演は池松壮亮橋本愛橋本愛を見るためだけに見に行った程度の映画だったのですが、始まったとたんに、この何ともいえない映画の雰囲気に入り込んでしまいました。

ゆっくりと人物を追いかけていくカメラによる長回しと、静かに淡々とつぶやくように交わされる会話、その会話の一つ一つが、甘ったるいほどにしゃれていて、でも、あまりにもふつうに交わされる。まるでかつての自分の青春の一ページに放り込まれたかのような錯覚まで生み出してしまう。最高の一本でした。

映画は、とある郊外の高校。周りには田圃が広がり、学生たちは、今時だが、どこか学生らしい初々しさがあふれている。主人公浅井由と親友のハジメのカットから始まる。ハジメはクラスメートからいいように使われ、昼のパンをまとめて買いに行かされたりする。一方の由は、ふつうの高校生で、前に座るハルといつもふざけている。ハルは活発で元気いっぱいの女の子で、親友の入江杏と一緒にピアノを弾くのが大好き。入江杏と浅井由は幼なじみでもある。

こんな人物設定の中、ハジメが由に、大好きな杏に告白する手助けをしてくれと持ちかけるところから物語が動き始める。携帯を通して由からのアドバイスで杏に話をしようとするハジメ。ところが、それが杏にばれて、杏と由は喧嘩別れしてしまう。

ぎくしゃくしたまま、夏休みになり、杏は高校をやめて引っ越すことを聞かされる由。実は杏の父親は末期ガンで、しかも、愛人がいて、離婚することになっている。しかし、そのどろっとした部分は、会話と場面だけで、さらっと流し、あくまで由とハジメ、杏とハルの物語に焦点を絞って展開していく。この脚本もうまい。

また、ゆっくりと動くカメラワークのみならず、何気なく挿入する、大人になった由と杏の出会いのカットや、幼い頃、分かれ道のポストの前で、肝油ドロップを食べるフラッシュバックなども挿入し、それぞれのシーンをきっちりと、現代の物語に中に伏線として組み込んでいくのである。ここまで映像演出されると、映画ファンならずとも引き込まれてしまいます。その上、せりふが一言多い。その多い一言が、実にせりふを生き生きさせている。

杏からの手紙を元に、杏と父、その愛人がいるホスピスへ向かう由とハジメ。坂道を歩いている二人を見つけた愛人が、杏にそれとなくおしゃれさせ、二人に会わせるなんて、ため息がでる演出なのです。

このあたりから、ややエピソードが間延びしていると思えなくもありませんが、ゆるゆると過ごす高校生活の中で、微妙に大人に成長しようとする焦りと、成り行きで、毎日を暮らす由たちの甘酸っぱいような不器用さが、見事に表現されるのです。

道ばたの無料野菜売場で由とハジメのおふざけ。そこに、東京から嫁いできた気のよさそうな、いかにも農作業の似合わない若妻の気さくなエピソードと会話もまたいい。

杏の父が死に、由が杏に会いに行き、そこで、杏に「本当に好きなのは、誰?」と問いつめられる由。ハジメが杏を好きだから、その対抗心と幼なじみであるだけで、杏に気があるように思っていたが、実は本当に好きだったのはハルだと気がつく由。

文化祭で、告白し、一人ピアノを弾く杏と思いきや、ハルだっというカットバックのうまさ。ゆっくりとカメラが上下して転換する演出もいい。

縁日にハルに誘われた由が、ハルの気持ちに気がつかず、綿飴を持って、ハルを探すエピソードから、文化祭で、チョコバナナを持ってハルをみつけ「もう、見失わない」と抱きしめる下りは、涙が出ました。

エピローグは、大人になった由が肝油ドロップを買っていて、すれ違ってぶつかった杏と出会う。杏は結婚していて、由もまもなく。「ハルちゃんと?」「まさか・・・」「そうなの?」・・・由の笑顔暗転。

映画全体がゆっくりと、それでいて、せりふのおもしろさ、間合いのうまさ、キャラクターの平凡ながら、存在感のある立ち位置、舞台から漂う空気、カメラ演出の妙味、映画として映画になっている。切ないほどの甘酸っぱい現実感がたまらない感動を呼ぶ。青春映画の秀作の一本に出会いました。本当に良かった。