くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「シークレット・チルドレン」「X−MEN:フューチャー&

kurawan2014-05-30

「シークレット・チルドレン」
アメリカで映画を学んだという、中島央監督作品ということで、ちょっと、おもしろいものが見られるかと思ったが、なんとも退屈な映画だった。基本的に、映画が全く動かない。やたら無駄の多い間延びしたシーンと、陳腐なせりふの数々に、辟易してしまった。

映画は、近未来、クローン人間がふつうに作られて30数年、新しい大統領ブルームクイストが、突然クローン人間廃絶を決定し、いきなり始まったクローン人間廃絶活動。

そんな世界で、必死で生き延びようとするクローンたちの姿を、そのレジスタンスのリーダー二人が作り上げた避難場所を中心に描かれるが、一体全体、どういう流れなのか、必要な部分の説明はなく、不必要な部分はやたら、だらだらと描写する。まるで、自主映画の長尺版という感じで、一時間もあれば十分な中身だった。

まず、レジスタンスのリーダーの存在感が最初からほとんど映画を牽引しないし、彼らを助ける資産家のマックスという黒人の存在も、謎すぎて、しょぼい。政府側の冷酷きわまる管理官のびょすやも意味不明。さらに、妙に心優しい管理官のエピソードも必要なの?という感じ。さらに、エピローグで、クローン廃絶が終わるまで、新たなクローンを隠して作り出し守るという最後の計画という鳴り物入りのクライマックスも、結局、それまでのストーリーは意味なしといわざるを得ない構成。

これで、鳴り物入りだという監督なのだから、いったいなんなのかといいたい。

カメラも、手持ちで演技者たちをとらえるだけで、それぞれのエピソードに何のドラマも生み出さないというのに至っては、映画になっていない。こういうのもあるんですね、とあきれてしまう一本だった。


「XーMEN:フューチャー&パスト」
最近、作品的に停滞気味になっていたXメンシリーズであるが、さすがにブライアン・シンガーが監督に戻ってきて、今回は素直におもしろかった。それに、大好きなジェニファー・ローレンスエレン・ペイジハル・ベリーもXメンに戻ってきたのがなんといっても、うれしい。

物語は、近未来、人間対ミュータントの戦いが本格化し、対ミュータント兵器として作られたセンチネルと呼ばれるロボット兵器に、ミュータントたちは苦境に陥っている。

あらゆるミュータントの能力を自らの力に取り込んで戦うセンチネルに、今や絶滅に貧している。しかし、この最終戦争の原因は、1973年に、ミュータントを人類の敵と認識させた博士が、ミスティークのDNAを採取し、対ミュータント戦に開発したのがきっかけと考えたエグゼビアたちは、ミュータントと人類の平和的共存の歴史にするべく、キティの能力でウルヴァリンを過去に送り込み、歴史を塗り変えようとする。

過去と、現代のそれぞぞれのXメンたちの戦いを描く展開で進むのだが、度肝を抜く派手さよりも、ストーリーテリングを重視したブライアン・シンガーの演出が、陳腐な娯楽映画に終わらせないおもしろさを生み出しているのが、今回の作品の最大のおもしろさの原因でしょうね。

ストーリーとしては、過去で、ミュータントが敵であると認識させず、人類がミュータントを味方だと認識させて、終わる。

現代に戻ったウルヴァリンが目覚めたところはチャールズの学校で、そこでは懐かしいメンバーたちの平和な日々がおくられている。

一方、エンドタイトルの後には、なにやら砂漠の真ん中で一人の女性が、丘の上からピラミッドらしきもの超能力で作り上げ、人々が下であがめているというシーンをおまけにして映画が終わる。

やはり、監督が替わると、これほどまでにストーリーがしまってくるのかと納得させる一本で、これで、Xメンシリーズも息を吹き返すのではないでしょうか。