「サラエヴォの銃声」
カメラワークがとにかく美しい。ホテルの廊下から廊下、部屋から部屋をそれぞれの人物を追って移動して行く。そしてぐるっと回転して次のシーンへ。人物を送り出してから次のカットへと繰り返す映像のリズム感にまず引き込まれてしまう作品。
物語の背景は、日本人には馴染みのないものですが、歴史の教科書に出てくる第一次大戦のきっかけになったサラエヴォ事件をテーマに、その事件から100年後のホテル・ヨーロッパを舞台に描かれる物語は、いつの間にか映像と美しいフィクションの中に引き込んで行きます。監督はダニス・タノヴィッチです。
テレビキャスターの映像から映画が幕を開ける。ここホテル・ヨーロッパはサラエヴォ事件から100年の式典を行うためにその準備に追われている。しかし、ホテルの従業員たちは二ヶ月も給料を払われず、強硬ストを計画している。仕事熱心な受付主任、屋上で戦争について100年前の暗殺犯人ガブリエルと同じ名前の男をジャーナリストがインタビューしている。演説の練習をするフランス人が宿泊にくる。なぜかその部屋を監視盗撮している警備員。ストライキを阻止するために奔走する支配人。それぞれの物語が次々と交錯し、繰り返し描かれるのだが、どれも流れるようなカメラでオーバーラップしながら展開する様が、1つの詩編のごときである。
監視カメラを撤去するタイミングを待っていた警備員は、フランス人が部屋を出た瞬間、その部屋に向かうが、たまたま屋上でインタビューされていたガブリエルと鉢合わせ、しかもガブリエルが銃を持っていたため、とっさに警備員が発砲、ホテル中が避難することになり、混沌とする中、映画が終わって行く。
まるで、100年前の事件がこのホテルの中で凝縮されて起こったかのようなストーリー構成の面白さに、唖然として終わるラストが秀逸。カメラのリズムが片時もスクリーンから観客の目を逸らさない演出もうまい。1つの映像作品としての塊の面白さを堪能できる一本でした。
「バンコクナイツ」
なかなかのオリジナリティのある映像と音に関する感性の良さでどんどん物語に引き込んで行く作品ですが、さすがに三時間はしんどかったですね。二時間半くらいで終わりどころがちらほらと見え始めたあたりから少ししつこかった。台詞の一つ一つは大したことはないのですが、非常にリズミカルで、片言の日本語やタイ語をそのまま映画のリズムに取り込んでしまう感覚の良さは驚くほどのものがあります。監督は富田克也です。
物語というほどの筋の通ったものはない。タイのノンカーイで大家族を養うために働くラック、彼女はかつての恋人オザワと再会する。オザワは自衛隊時代の上官と再会し、物語が動き始める。
タイの歓楽街、かつての植民地時代の傷跡、ベトナム戦争の遺恨などが絡み合い、日本人を客として割り切るタイ女性の生き様や、遊び場としてしか考えない日本人の感覚、そんな中で、かすかな夢を追いかけるラックやオザワの生き方が、あまりにも素朴でリアルな片言の会話の中で描かれて行く。
素晴らしいのは、その音のセンスの良さで、効果音や音楽、台詞のトーンまでリズミカルに映像の流れに生かして行くのは見事というほかない。
ただ、さすがに三時間持たせるには、後半の展開からの流れがややもたつくためである。前半の迫力で最後まで走れるなら三時間は駆け抜けたかもしれないが、力尽きたという感じが見られる終盤が残念。しかし、見応えのあるオリジナリティのある作品でした。