くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ワルシャワ44」(リベリオン ワルシャワ大攻防戦)「スプリット」

kurawan2017-05-17

ワルシャワ44」(リベリオンワルシャワ大攻防戦)
これまで何千本と映画を見て来たが、戦闘シーンでここまでリアリティを徹底した映画はない。それほど衝撃に近いほどの恐ろしい傑作でした。確かに戦闘シーンはCGIを多用していますが、そのどこかファンタジックな演出と度肝を抜かれるショットの連続、さらに巨大なセットとリアルな銃火器の登場で見ているものを戦場に放り込んでしまいます。

しかも、一歩間違えばスプラッターになりかねないほどの目を背けるような場面をいとも簡単に、というか戦場であるがゆえに当然のように次々と起こる映像は、震えるほどの恐怖に突き落とされてしまうのです。それほどにすごい。監督はポーランドのヤン・コマサと言う人ですが、傑作と呼ぶに相応しいものすごい映画に出会いました。

物語は1944年、ポーランドワルシャワで起こったいわゆるワルシャワ蜂起を描いた作品です。主人公ステファンが友達と川に遊びに来ている。砂州に取り残された一人の女性アマを助けに行き二人は恋に落ちていく。

時は1944年、ドイツの横暴にワルシャワポーランド人は密かに放棄し氾濫を起こす計画を進めていた。そして、決起。主人公の青年ステファンもその恋人アマも参戦するが、当初わずか3日で勝利を収めるはずが、ドイツ軍の増強と、あてにしていたソ連軍があてにならなくなり、一気に形成は劣勢となり悲惨な状況に陥っていく。

次々と同士が殺され、悲惨な目にあって行きながら、主人公たちは逃げながらも抵抗していく。ステファンの母親と弟が目の前でドイツ兵に殺され、やや自暴自棄になっていく一方で、ステファンを必死で守ろうとするアマの姿がなんとも痛々しい。

どんどん、悲惨さがますに連れて町中が凄惨な状況に変化していく様子がとにかく恐ろしいほどにリアル。爆撃されて舞い上がった煙を眺めていた女性の手に血の雨が降り、続いてバラバラになった肉体が降ってくる描写に圧倒されてしまう。

一方で二人がキスをする場面の周りに絶対に、当たらない弾筋がファンタジックに舞うシーンや、戦場で別の女性と抱き合うシーンがスローモーションで描かれたりとロマンティックな演出もされるが、それ以外の戦闘シーンはまるで体験して来たものを再現しているのではないかと思うほどに迫力がある。

窓際に隠れていた女性が、ギリギリで飛んで来た弾に吹っ飛ばされたり、大砲の弾をまともに受けて吹っ飛んだり、ここまで描かれると、もう恐怖しかないイメージである。

時に銃座にセットしたカメラが一人称で映し出されたり、カメラ演出も工夫が随所に見られる。

なんとか逃げたステファンとアマが川岸で再会し、彼方に戦火で燃え広がるワルシャワの街が映り、やがて現代のワルシャワにオーバーラップして映画が終わる。素晴らしい映像世界に冒頭からラストまで目を離せない。これが戦闘シーンだと言わんばかりのリアリティに足がすくんでしまうほどの傑作でした。


「スプリット」
久しぶりのM・ナイト・シャマラン監督作品ですが、思わせぶりに展開しながらも、結局なんのことはなかったかなと言う映画でした。ナイト・シャマランじゃなかったら普通のサイコホラーやんと言う感じです。

ホームパーティのシーンから映画が始まり、形式的に誘ったケイシーという少女の話題をしている友達の両親という場面からオープンする。

体良くケイシーを送っていくという名目で友達二人と父親が車に乗るが、父親に近づいた何者かが入れ替わって運転席へ、そのまま三人の少女を拉致して物語は本編へ。まぁ、これも今時珍しい導入部でもないし、その後の監禁場面も、犯人らしき男は多重人格者らしく、担当医の説明が繰り返されて、最初からネタバレ。ということはその裏に何かあるのかと見て行っても、結局、少女たちの脱出劇で、時折ケイシーの少女時代も描かれるがそれもまたなんのことなくラストシーンへ。

獣のようになった犯人が少女たちに迫り、担当医が残した名前をいうと普通に戻る一瞬はあるものの、結局猟銃で撃たれる。しかし、死なずに、なぜかケイシーのおなかにある無数の傷を見て、襲うのをやめてラストシーンへ。そしてケイシーは助けられ、犯人も逃げおおせ、カフェで意味ありげな客の会話の後ダンという名札をつけたブルース・ウィリスが出てエンディング。

クレジットの後に「アンブレイカブル」と「スプリット」が交錯した話が間も無く公開というテロップが流れて、ああそうかと思う。

M・ナイト・シャマラン監督は何をしたかったのかという映画だった。それにしても出来の良し悪しが極端な監督である。