くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「アラーニェの虫籠」「祈り」「希望の樹」

kurawan2018-08-31

「アラーニェの虫籠」
芸術家と自意識の強いアニメーターが描く感性の世界。確かに一見独特でオリジナリティがあるようだが、一歩引くと普通に見える。色彩の感性や絵作りは確かに独特ですが、映画作りにあたり重要なストーリーテリングができていないし、空間演出も未完成なので世界が小さい。面白いのだが面白くない不思議な作品でした。監督は坂本サク。

主人公のりんはいかにも今風な可愛らしい少女。彼女が住む巨大マンションでは不可解な死が相次ぎ、家賃が安いとはいえ、騙された感を強く感じている。という描写があるにもかかわらず、ここに住んで、不気味な人につきまとわれたり妙な夢を見ている。

ある時、このマンションで老婆が死に、その搬送されるときに巨大な蟲が体から出るのを目撃してしまう。そしてりんに近づいて来た民族学者の時世がそれは心霊蟲だと教える。

で、りんはこの時世と謎を解いていくのかと思いきや、時世は何者かに殺される。さらにりんを守らんと近づいて来た若者もりんを守った直後意図的な車の事故で死んでしまう。

背後に存在する不気味な蟲の正体というより、その不気味な蟲が描き切れていないので、お話がりん一人の妄想の世界から出ていかない。

ラストは、なにやらりんは長いこと昏睡状態で、幼き日に同じ名前に友達がいたという描写がちらっと出た上に、蟲の正体は第二次大戦末期に作られた死なない兵隊の実験の結果だったというよくある設定まで登場。

結局、作者の独りよがりの物語に、オリジナリティがあると思っているアニメーションのコラボで仕上がった映画になった感じです。


祈り
完全な映像詩である。光りと影で徹底的に作り出した絵作り、背景の造形さえも画面の絵として取りこんで、どのシーンも計算され尽くされている画面は素晴らしい。監督はテンギズ・アブラゼ

ある村で、馬が盗まれるという騒ぎが起こり、一人の男がその犯人を仕留めるために向かう。そして犯人と思われる二人の男を撃ち殺すが、その荘厳な潔さに、掟である右腕を切り落とさずに村に帰る。

習わしを無視した男に村人たちは冷たく、彼とその家族を村から追放する。放浪の末、男は敵の部族に捕まり、処刑されてしまう。

物語の本筋は部族間の宗教観の違い、慣習の違いが生み出す諍いの物語であるが、神であるかのような女性の登場や、詩の一編を台詞として繰り返す演出、徹底的に光やライティングを利用した映像作りがとにかく美しい。

当たっている明かりの中に人の顔を入れたり出したり、あるいは真っ黒な衣装に身を包んだ女性がランプの炎だけで顔だけが浮かび上がるような映像、さらに広大に広がる山々や、村の石造りの建物の造形を幾何学的に配置する構図など、隅々まで描き切った画面に圧倒されていきます。

一方で、計算され尽くされた画面が窮屈さを生み出すことも確か。非常にクオリティの高い映像ゆえの値打ちがある一本でした。必見の映画とも言える作品だったと思います。


「希望の樹」
とにかくこの監督の作品は映像が抜群に美しい。しっかりと色彩演出され、構図も計算され尽くされている。しかも今回の作品はストーリー性もわかりやすく、それでいて監督が意図する不条理な社会への批判もしっかりと描かれ、見事な完成度を見せた傑作に仕上がっていました。テンギズ・アブラゼ監督の三部作の真ん中の一本です。

真っ赤な花が咲き乱れる草原で、真っ白な馬が身悶えしている。病気で苦しんでいるという少年の声にこの村の村長ツィツィコレが来て、助からないからと殺してしまう。驚くように美しいオープニングから映画が始まる。

ジョージアの山あいの小さな村、物語はここに住む様々な人々を描写していく。若き日の恋人をいまだに待ちボロボロの服装で派手な化粧をする少しおかしい感じの女。やたらセクシーで男を誘う女、革命が来るからと新しい時代の到来を喚く男。そしてここの一人の若い娘マリタが登場する。

こんな寂れた村に、一輪の花のように咲くマリタに若者たちは夢中になり、中の一人ゲディアと恋仲になる。しかし、村長の一声で、金持ちのシェテとの結婚を勝手に決めてしまい、二人は引き裂かれる。

一時は行方不明になったゲディアだが、シェテの不在の時にマリタに会いに来る。それが村人に見つかり、マリタは村中を引き回されることになる。これも全て秩序を守ろうとする村長の強権であった。

非難する人々もあるものの、保守的な人々、シェテの家に味方する人たちはとうとうマリタを引き回した末に処刑してしまう。

やがて春が来て、マリタが過ごした場所に美しいザクロの花が咲いていた。

とにかく、画面の美しさは、他の二作品同様に素晴らしく、春の花、雨の水たまり、雪景色、山々の霞などうっとりしてしまう。しかも色彩演出が徹底され、赤、黄色、青、緑などを配置した画面も素晴らしい。そこに浮き上がるようにピントを合わせた人物のカットなど絶品である。

不条理にも引き裂かれた若い恋人たちが、やがて無理やり悲劇の道に落ちていく様は、普通に見るとただの悲恋物語だが、そこを、小さな村の中の理不尽な物語として描いた手腕は見事です。傑作と呼べる一本だったと思います。