くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「鏡の中にある如く」「若い女」

kurawan2018-09-21

「鏡の中にある如く」(デジタルリマスター版)
見事な映画ですが、やはり眠気が襲ってくる。淡々と語られる物語の背後に潜む人間の不安、いまにも壊れそうな心の葛藤、そして寒々とした景色、これがイングマール・ベルイマン監督の映画である。

作家のダビッドとその娘で、心の病があり、先日退院して海辺の家に来たカーリン、そしてその夫のマーチン、カーリンの弟のミーナスがこれから夕食を取ろうとしている。

ダビッドは先日帰ってきてみんなにお土産を渡すのだが、形式的に買ってきたのでどれもサイズが合わない。それでも子供たちはそのことを言わずお礼を言う。そして自分たちで稽古したお芝居をお礼に披露する。

カーリンは時折、囁き声が聞こえ、二階の部屋に一人で上がる。そこに神が現れるのだという。
医師のマーチンはそんなカーリンに不安を覚えるが暖かく愛している。

ある時、カーリンは父の書斎の引き出しから日記を見つけて読む。そこには、カーリンの病が治る見込みがない事、その様子を観察し続け、自分の本にしようと考えていることが書かれていた。

カーリンは次第に不安になり、心の平安が崩れ始める。そして弟のミーナスをからかううちにとうとう体をかわしてしまう。

しだいに壊れて行くカーリンに、マーチンは町の病院に移る決心をする。そして荷造りを終えたのだが、カーリンはまた一人二階の部屋に行き、神を迎えようとする。そして、絶叫とともに壊れてしまう。

マーチンは安定剤を注射し、カーリンをヘリコプターに乗せる。残ったミーナスは父とカーリンたちを見送る。父ダビッドは、カーリンは神とともにいると話す。愛こそが神だと告げる。父の言葉にミーナスは、父が話してくれたと目を輝かせ振り返って映画が終わる。

カーリンが神を待っている部屋の外にヘリコプターが降りてくるシーン、それまで自然の景色と人間のみの映像に飛び込んでくる文明の機械のカットのインパクトの強さ、カーリンがミーナスを誘う時の浜辺に打ち上げられた難破船のカットなど、どきっとさせるものがあるし、美しいカメラ映像との対比で描かれる一人の女性の壊れて行く心の物語は、さすがに陶酔感を生むものの、超一級の仕上がりを見せてくれます。やはりベルイマンはすごい。


若い女
ちょっと面白いリズム感のある映画でした。オープニングから何気なく引き込まれて、主人公ポーラの女性像に共感こそしないものの、こういう今時女子もありかなと思えるオリジナリティが面白かった。監督はレオノール・セライユ

いきなりポーラがドアを叩いているシーンから映画が始まる。10年付き合っていたジョアキムに部屋を追い出されて喚いているのである。それでも入れてくれないので仕方なく離れる。そばに猫のムチャチャがいたのでその猫を連れてパリを放浪。

たまたま幼馴染と間違われた女性と食事をして、おどけた格好でバーで遊び、猫を飼ってるからと友達に追い出され、安宿も追い出される。下着売り場で仕事しようとしたら断られ、成り行きで、ある家のベビーシッターになることに。

なんとか生活する場所を見つけたものの、どこかふわふわと地に足がついていない感が、どうなるのかと思うよりも、こういう生き方もありなのかなと思ってくる。下着売り場の同僚の黒人と親しくなるが、だからと言っていい仲に進展もしない

やがてジョアキムの子供ができていることに気がつくし、追い出した割には気にして何度も電話してくるジョアキムもよくわからないのだが、一方そんな男を逆に袖にしてしまうポーラの女性像も新鮮。

結局一人でタバコを吸う彼女のカットでエンディング。

自立したというような強い女ではなく、と言って周りに媚びるわけでもなく、と言って、落ち込んでいるわけでもない。そんな新しい形の女を斬新なリズムで描いたオリジナリティが新鮮でした。