くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「サスペリア」(2018年版)

サスペリア」(2018年版)

オリジナル作品がカルトホラーの傑作だとしたら、今回の作品は全くの対極をなすアートホラーの傑作だった。なんといっても2時間半ほどある長尺作品にもかかわらず、そして、エロとグロが惜しげも無く映像として出てくるにもかかわらず、全く飽きさせないほどに引き込まれるのは、その見事なカットつなぎと長回し絵送り返す流麗なカメラワーク、そしてシュールで難解な中に見えてくる不思議な物語というアングラ色ゆえでしょう。芸術映画とは言わないまでも、圧巻のクライマックスの舞踏シーンもさることながら、それまでのめくるめくような恐怖感が胸に迫ってきました。監督はルカ・グァダニーノ

 

一人の少女パトリシアが行きつけの精神科医グレンベラー博士の元を訪ねてくるところから映画が始まる。狂ったようにドアを叩き無理やり押し入ったものの半狂乱の彼女は博士と言葉を交わした後、飛び出していって行方不明になる。

 

アメリカからここベルリンの世界的舞踏集団マルコス・ダンス・カンパニーにやってきたスージーのカットに変わる。駅の表示にサスペリアの文字がある遊び心の後、彼女は無理やり応募したバレエ団のオーディションを受ける。しかし、最初はここにメイン教師マダム・ブランは現れない。しかし、何かの感が働きブランがやってきてスージーのダンスを見て、彼女に入団を許可する。

 

ダンスレッスンの場、メインキャストの一人は、突然抜けると言い出し荷物をまとめて出て行こうとするが、なぜか誘導されるように鏡の部屋に閉じ込められる。一方レッスン場ではスージーのダンスが披露されていた。自分がヒロインのダンスができるという言葉に教師達がやらせたのである。ところが、彼女のダンスに合わせるように鏡の部屋に入ったダンサーが体を異常な形で壊されながらダンスを踊らされ始める。そして、最後は不自然な姿に折り曲げられ気を失う。カットが変わり、教師達はその女性に肉塊を吊るす時の鈎を引っ掛けいずこかへ連れて行く。

 

スージーの案内担当はサラという同年代の女性だった。二人はこの舞踏団に何かしらの疑念を持っていた。以前いたパトリシアの行方不明といい、先日の出来事といい、不気味に思っていたのである。

 

グレンベラー博士もパトリシアの行方を探すように警察に依頼、二人の刑事が舞踏団にやってくるが、舞踏団にいる教師達に、催眠術をかけられたようにいかがわしい行為をされているのをスージーは目撃する。そして、グレンベラー博士が警察署で尋ねても、二人の刑事は、今一番の社会問題は、現実に起こっているテロ事件だと説明される。折しも、ドイツ赤軍による旅客機乗っ取り事件が起こっていた。

 

物語が進む中に、何度も教師達がレストランで食事しながら雑談する姿が挿入される。何かの象徴であるのは明らかで、それがナチスを風刺したものか、現代の権力者を風刺したものか、いずれにせよ、魔女に見立てた権力者の描写だろう。

 

サラは、パトリシアの行方を探すべく、グレンベラー博士の元を尋ねるが、宿舎に戻ると、スージーは髪を切られ、何やらマダム・ブランの一味に加えられていた。

 

やがて、舞踏の発表の日が来る。グレンベラー博士も招待され、赤い紐で半裸の体を覆ったダンサー達の演舞が始まる。この場面の素晴らしさは、見てもらわないと説明できないほど見事である。

 

この演舞に何か不気味なものを感じ、一人、先日見つけた謎の部屋を散策していたサラは、赤い糸に絡められて、まるで餌のように捉えられているパトリシアら行方不明のダンサーの姿を発見する。慌てて外に出るが、突然、廊下にできた不気味な黒い穴に引き込まれて、骨折させられる。しかしそこにやってきた教師達が彼女の骨折を手で触っただけで見えなくし、サラは舞踏場へ。しかし、踊り始めると、突然、その場に崩れてしまう。

 

そのまま、演舞は中止になるが、その夜、地下の秘密の場所に集まった教師達らは異様なダンスを始め、儀式を執り行う。そこに、不気味に年老いた老婆のような化け物もいる。そこへ、スージーが現れる。どうやらこの老婆のような魔女は次の肉体をスージーにすべく儀式をしているらしいが、マダム・ブランが、何かおかしいからと中止を進める。しかし、不気味なダンスと儀式が続く。ところが、スージーがその老婆の元に近づくと、老婆はその場で生き絶え、他の教師やダンサーにスージーが近づいて、死を与えていく。

 

やがて地下からおぞましいような魔物が現れ、老婆にとどめを刺して、地下に消えていく。スージーは自分こそがお前達の母であると宣言する。私に解釈ではスージーこそ神なのではないかと思う。

 

全てが終わり、何事もないようにレッスンをし始める生徒たち。グレンベラー博士は儀式に参加させられたが今は自宅のベッドで弱っている。そこにスージーが現れ、グレンベラー博士の妻アンケが、どうやって死んで行ったかを説明してやる。そして、舞踏団での記憶を消してやって消えていく。

 

カメラは、最後の場面、ある石碑にカメラが近づいていくとハートが刻まれていて、グレンベラー博士の名とアンケの名がある。映画はそこで終わるが、エンドクレジットの後、スージーが画面を撫でて全ての記憶を消さんとしてエンディング。

 

スージーは神であったのだろうか。悪魔がたむろする舞踏団に現れて、浄化しようとしたのか。一方、舞台はベルリンの壁が目の前にあるベルリンで、何度も壁を背景にした絵が映され、ナチスドイツ、第二次大戦、ホロコーストなどのメッセージも見られる。スージーアメリカ人という設定にも意味があるように思う。

 

シンプルなホラーではなく、詰め込みすぎたメッセージ、シュールでアーティスティックな映像が、とにかく芸術品と言えるほどに素晴らしい。オリジナルを知らなければ、これはこれで、ある意味傑作と呼べる映画に分類するかもしれません。正直圧倒されました。

 

アンケを演じたジェシカ・ハーパー、さすがにおばあさんになってしまった。パトリシアを演じたクロエ・グレース・モリッツも、なかなかの存在感でした。