「500年の航海」
マゼランが世界一周する姿と自分の映画人生、そして現代へつながる航海の物語を重ね合わせたドキュメンタリーのようなフィクションのような不思議な映画ですが、とにかく眠かった。とっつきにくいことこの上ない。監督はキドラット・タヒミック。
物語をどう書き込んでいいかわからないし、展開も構成も書きようがない。ただ、ホームムービーのようなフィルム映像やデジタル映像、美しくもない画面がかえって素朴なのだろうが、何がリアルで何が嘘かわからないような遊びも満載。
とにかく、つかみようがなくて眠い。ただそれだけの映画だった。
「誰がための日々」
とにかく暗くて重い。言いたいことはわかるが、これでもかと主人公を追い詰めてくる展開は流石にやりきれなくなってしまいました。監督はウォン・ジョン。
主人公トンが精神病院を退院することになり、父が迎えにくるところから映画が始まる。トンは母の介護疲れで躁鬱病になり、そんな時浴室で事故が起こり母は死んでしまった。トンに非はなかったので無罪となったが、処置入院させられていたのである。
父は母の介護に金だけ出して家を出ていた。弟はアメリカに行ってしまっていた。施設に入れることを頑なに拒んだトンは会社を辞めて介護をしていたのである。
退院したトンは父の狭いアパートに同居するようになる。それまで心が通っていなかった親子は次第にお互いを認め合うようになる。そんな中、トンの病状も快方に向かってきたのだが、かつての恋人ジェニーが現れ、教会での集会で、彼をかつて恨んでいたことを大勢の前で懺悔し、それがきっかけで、トンは狂ったように店のチョコレートを貪り食べてしまい病気が再発する。
トンは引きこもるようになり、唯一親しくなった近所の少年とも話さなくなっていく。そして、アパートの他の住民達はトンを入院させるか親子で出ていくかの選択を迫る。そんなやりとりを聞いたトンは屋上に上がり佇む。そこへ父がやってきて抱き合う。
二人はアパートを出ることになったのだろうが、その後は全く明るいものではない。とにかく暗い、重い。見てられないと言える一本です。