『妻よ薔薇のように』
1935/PCL/白黒/74分
原作:中野実 脚色:成瀬巳喜男 撮影:鈴木博 美術:久保一雄 音楽:伊藤昇 録音:杉井幸一 出演:千葉早智子、丸山定夫、英百合子、伊藤智子、藤原釜足、細川ちか子、掘越節子
愛人と暮らす父を連れ戻しに来た、結婚間近の長女。メロドラマの定石を覆えし、確かな心理描写で絶賛された作品。成瀬戦前の第2のピークとなった傑作。この時期の日本トーキー映画の最高の到達点と評された。◆キネマ旬報ベストテン第1位
戦前の成瀬巳喜男監督作品の最高傑作「妻よ薔薇のように」は、見事というほかないすばらしい作品でした。
映像が、作品が流れるのです。音、映像、カット、シーンが次々見事なリズムを作り出して展開していきます。
まるでカメラが勝手に物語の中で泳ぎまわっているような動きを見せるかと思えば、一つ一つのシーンを積み重ねるように、まるで油絵を書くときにたくさんの色を重ね合わせていってひとつの風景を作り上げるような積み重ねでひとつの場面を作り上げていくのです。
それはもう天才的というほかないほどの徹底的に計算され尽くされた映像美の世界がここにありました。
音がオーバーラップするかと思えば、シーンがオーバーラップして次の場面につながり、台詞がオーバーラップするかと思えばそこに音が重なり、人物が動いていく。これが成瀬巳喜男監督の芸術だったのです。
先日まで見ていた戦後の傑作群ではまだまだ私には理解しきれなかった成瀬巳喜男芸術ですが、本日の「妻よ薔薇のように」をみてようやくそのすごさを理解したような気がします。
この作品まで順番に見てこられた方々はおそらくこの「妻よ薔薇のように」で最高潮に達したと勘違いしてしまうほどのできばえ。しかし、成瀬巳喜男のすごさはさらに戦後の「浮雲」に至る頂点で、凡人には理解しきれない最高潮に達するのです。
緻密な組み立てによるカットの繰り返し、一見何気なく挿入されるインサートカットによる作品へのリズムの挿入。軽い台詞の中に畳み込むように織り込まれる人物関係の説明。画面の同じ位置に配置される異なった人物や物のカットのつなぎかえで見せる絶妙のテンポ。イマジナリーライン(二人の人物の間を結んだ線)を無視し、縦横無尽にカメラが横切りながらも園は位置関係が絶対に混乱しないシーン作り。天才的な完成で作品を作り上げていく成瀬巳喜男芸術。ようやくその片鱗を理解したように思いました。
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