くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「乱れる」「流れる」「乱れ雲」

成瀬映画特集も終盤に差し掛かり、今日見た映画は晩年の作品および遺作が含まれる。
さて、「乱れる」から、
この作品はほとんど晩年に近い作品でワイドスクリーンで撮影されている。私の感想から行けば、やはり、成瀬映画はスタンダードのほうが画面が美しいように思う。
得意の奥行きをずいっととった構図はワイドスクリーンの横長の中で斜めから奥を見据えるようなくずに変わっている。これが帰ってわざとらしいという感じがする。
物語はある街の商店街の酒屋、近所にはスーパーができてそのスーパーの宣伝カーが「高校三年生」のテーマを流しながらひっきりなしに画面の中に登場する。
時代の流れと主人公加山雄三高峰秀子の物語を追い立てるような効果がある。

高嶺秀子(礼子)の夫は戦死し、その後彼女は18年近くも未亡人を続けている。一方その夫の弟幸司(加山雄三)は以前から彼女に恋心を抱いているという設定である。麗によって無駄な台詞やカットはほとんどなく、見事なまでの鳴瀬芸術が展開していく。すでに晩年に近い成瀬監督のスタイルはほぼ完成されていて、わざとらしいシーンも実験的に見えるシーンもない。凝縮された演出の中で物語りは進んで、やがて悲しいラストシーンに終わる。最後の高峰秀子のアップは強烈である。
乱れる『乱れる』
1964/東宝/白黒/98分〈ニュープリント〉
脚本:松山善三 撮影:安本淳 美術:中古智 照明:石井長四郎 音楽:斎藤一郎 出演:高峰秀子加山雄三草笛光子三益愛子白川由美浜美枝藤木悠北村和夫  

婚家に暮らす未亡人が、年の離れた義理の弟の純粋な愛の告白に揺れ動く姿を描く。終盤の道行に至って至高の輝きを放ち出すメロドラマの傑作。夜行列車でついに二人が並んで腰かけるまでの場面は最高のラブシーン!


次は「流れる」
この作品は1956年にさかのぼるのでスタンダードサイズである。
物語は置屋を舞台にし、得意の縦の奥行きのある構図や、無駄のない台詞展開と演出でやがて廃れていくであろう置屋の姿とその周りの女性たちの物語をひとつの時代の一場面を切り取ったような見事な後世でしっかりと見せてくれる。さすが成瀬映画絶頂期の作品である。
しかもキャストそれぞれがすごい。山田五十鈴杉村春子、岡田鞠子、高嶺秀子などの芸達者な大スターが惜しげもなくその演技をぶつけ合うのだからそれだけでも圧倒されるのである。
今のスター俳優を一同にそろえてもこれだけの迫力は出せないであろう。まさに映画黄金期の鍛え抜かれた大女優ばかりの競演である。
しかも、成瀬巳喜男は1950年代、その絶頂期にあり、演出力も体力も頂点にあった。したがって、それとなく挿入される場面場面がすばらしいの一言で、冒頭の川に流れる舟のシーンにかぶるタイトルバックからして引き込んでくれるのである。
流れる『流れる』
1956/東宝/白黒/117分〈ニュープリント〉
原作:幸田文 脚本:田中澄江井手俊郎 撮影:玉井正夫 美術:中古智 音楽:斎藤一郎 出演:山田五十鈴田中絹代高峰秀子、栗島すみ子、杉村春子岡田茉莉子中北千枝子  

時代に取り残されていく芸者置屋の女将とその周囲の女たちを豪華キャストで描いた不朽の名作。成瀬に請われて18年振りに復帰した大スター栗島すみ子をはじめ大女優たちが、花柳界を舞台に演じる華麗な競演も見物。◆キネマ旬報ベストテン8位



最後は遺作「乱れ雲
カラーワイドスクリーンのこの作品は成瀬作品の最後の作品ではあるが晩年の最高傑作であり、成瀬映画のひとつの到達点であるという評価を得ています。
その評価が納得できるほどに、ここまでの作品で成瀬巳喜男が試してきたさまざまな挑戦が見事に結実しています。
物語はいきなり司葉子(由美子)の夫が交通事故でなくなるというショッキングな導入部分から始まります。和やかな導入部分から一気に悲劇になるのでいきなり観客はこの物語の行く末に引き込まれるのです。そしてその事故の張本人三島(加山雄三)の登場で一気に本編へ入っていく前半の展開は見事。
しかも、淡々と描きながらもポイントポイントにありえないような偶然で三島と由美子を出会わせ、そのたびに徐々にお互いの反発からお互いに惹かれあっていくさまを見事に演出していきます。

ここまでの成瀬映画に登場しにくかった男の立場の仕事上の出来事がさりげなく挿入されているのは先ほどの「流れる」同様、晩年の成瀬作品に共通するものかもしれません。
そして、今回の作品はラスト、転勤による別れで幕を閉じるのも時代の象徴かもしれません。
なんといってもすごいのがクライマックス、二人が乗ったタクシーが踏み切りで止まる場面。やたら長い貨物列車は乗っている二人をいらだたせ、今にも壊れそうな二人の関係を暗示しています。そして交通事故で運ばれていく男性の姿を見たところで二人は過去の二人の関係へと引き戻されそうになりそして、別れがやってきます。

まさしく、ここまでの作品で成瀬巳喜男が手がけてきた女性の物語の集大成といえるような演出がなされているのです。その凝縮された手腕は最後の最後まで最高の作品を作り続けた成瀬巳喜男の偉大さを証明するものではなかったでしょうか。
乱れ雲乱れ雲
1967/東宝/カラー/108分/遺作〈ニュープリント〉
脚本:山田信夫 撮影:逢沢譲 美術:中古智 照明:石井長四郎 音楽:武満徹 出演:司葉子加山雄三加東大介、森光子、浜美枝草笛光子、土屋嘉男、藤木悠中丸忠雄  

交通事故で夫を失った女と加害者の男。許されぬ愛におののく男女を十和田湖の風景の中で哀切に描いたメロドラマの傑作。成瀬は撮影中から体調を崩し、遂に再び起きつことなく、翌々年死去。本作が遺作となった。◆キネマ旬報ベストテン4位