前評判どおりのすばらしい作品。
それは、冒頭シーンから見ても誰もが予測できる感想でした。
雪が降りしきる中、一人の男が叫びながらこちらへ走って来る。
そして、時は1963年の東京、ニューハバナクラブ、一人のごつい男が、ぬうっと奥から出て来る。しかし、どこか足元がおぼつかないような・・。この出だしで、私たちは物語が主人公力道山が刺された場所から始まるのだと気がつきます。
舞台で挨拶をした彼はおもむろに舞台を降りますが、手渡されたアナウンサーの手にあるマイクには血が・・・
車でぐったりと座り込む力道山の腹には真っ赤な血が染み出ています。
物語は本編へ。場所は相撲部屋の稽古場。力道山は誰もが知るようにもともとは相撲取りを目指していました。関脇にまで登りつめるのですが大関昇進時に朝鮮人であることから昇進が見送られ、相撲界を飛び出します。このあたりまでが序盤ですが、なんせ力道山を演じるソル・ギョングの演技に圧倒されます。この作品への意気込みがずっしりと伝わってくる迫力。もう、画面から目を離せないほどの気負いが感じられるのです。
さらに、背景やシーン、シーンの風景も非常に丁寧にセットされていて、戦前から戦後にかけての日本の情景が丁寧に描かれています。とても韓国の監督が演出したと思えないほどに日本的なのです。たしかに、「三丁目の夕日」などと比べると、違和感があるかもしれません(時代が少し違うのですがね)が、それでも、町並みの瓦の雰囲気などはそのせせこましさがちゃんと伝わってくる。まぁ、韓国と日本は似ていて当然なのですけどね・・。
妻となる綾(中谷美紀)との出会いも無理押しせずに自然に挿入され、それに中谷美紀もうまい。
この作品を支えているのは力道山を演じたソル・ギョングだけでなくまわりの俳優陣も非常に芸達者です。萩原聖人、藤竜也などなど、非常に存在感があって、物語の展開に見事にマッチングした演技をしています。
敗戦に打ちひしがれた日本の国民を、朝鮮人としてさげすまれたにもかかわらず、日本の英雄として先頭に立って、日本人の心を高揚させたヒーロー力道山。ひたすらに屈辱に耐えながらも、日本を立ち直らせた英雄。そして頂点に登りつめたとき、彼はいつの間にか日本人として、いや、かつて自分をさげすんだ日本人になってしまって、自分のファンにさされてしまう。
もちろん、物語は史実を基にしているとはいえ、若干のフィクションや脚色がなされています。現実に力道山の生涯自体にも謎が多いらしくて、明確にわからない部分もあるらしいです。作品の中には力道山の子供たちの姿は一度も出ませんが、現実には二人の男の子がいます。しかし、あえて、物語の中には妻である綾しか家族として登場はしません。それは、登りつめていく中で、次第に孤独になっていく力道山の姿、自分を見失っていく力道山の姿を描くために妨げになると考えたからでしょうか。観客の視線を力道山一人に集中させようとした監督の意図でしょうか。
一糸の無駄もない的確な展開でぐいぐいと戦後日本を一人の英雄を通して描く力作というイメージはまったく揺るぐものではなく、ドキュメンタリーではなく人間ドラマとして重厚に構成された秀作であることは誰もが認めることではないでしょうか。
いい映画でした。