くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「紀ノ川」「野菊の如き君なりき」

紀ノ川

松竹百十周年ということで名作43本がシネヌーヴォーで上映され始めた。
ちょっと薄っぺらな映画を見飽きたので、映画史に残る名作をと出かけました。
「紀ノ川」は有吉佐和子の名作を原作に中村登監督が作った傑作です。その名の通り、久しぶりに思い切りうなってしまいました。

まずなにより、司葉子岩下志麻丹波哲朗田村高廣らの往年の名優たちの演技料に感服。胸に迫ってくる迫力、特に司葉子さんには脱帽でした。
もうクライマックスは涙が止まりませんでした。それは物語への感動もさることながら、心の中に直接訴えかけてくる迫力のある演技、さらっとセリフを語る丹波哲朗の見事な間の取り方、そしてさすが阪妻の才能を受け継いだだけのことはある田村高廣の静かな演技、何度でも書いてしまいます。まさにこれこそ大俳優ですね。

物語は主人公の花(司葉子)が嫁入りするところから始まります。
そして、嫁いだ先でそれとなく見せる才女の才覚。旧家のしきたりの中で、夫を立て、子供を育て、良き妻を演じていく芯の強い女性の姿を通じて、明治大正昭和の時代を見事に描いていきます。

時として、時代の波を描くことに力が入りがちですが、それはまさに隠し味程度にしか登場せず、土地の名士の一家の時の流れがしっかりと描かれていくのです。
成瀬巳喜男監督のような分析をすることは許されない独特のタッチで描く中村登の個性がくっきりと映像に出ています。

人間のドラマでありながら、女性のドラマであり、一つの家族の物語であるこの「紀ノ川」、もちろん原作のすばらしさもあるのかもしれませんが、うら若い花嫁から老婆の姿までを見事に演じきる司葉子の迫力に尽きるのではないでしょうか。これこそ、名作。まだまだこんな傑作を見逃しているのかと思うと、未熟を痛感しました

紀ノ川(前編・後編)英語字幕版
1966年/カラー/172分
監督:中村登/原作:有吉佐和子/脚本:久板栄二郎/撮影:成島東一郎/美術:梅田千代夫/音楽:武満徹
出演:司葉子岩下志麻、有川由紀、田村高廣丹波哲郎
紀ノ川とともに生きた明治・大正・昭和の三代に渡る女の年代記を描く。美しく聡明な女性・紀本花は、紀州の旧家に嫁ぐ。娘の文緒は、旧弊な家風に従う母に反発するが、自身も娘を育てるうちに成熟し常識を身につけていく。中村登監督の最高傑作となった。

野菊の如き君なりきさて、つづいては木下恵介監督の「野菊の如き君なりき」
もちろん、伊藤左千夫の「野菊の墓」の映画化第一回作品です。
笠智衆の回想シーンで始まり、回想場面、つまり物語の本筋は白く囲んだファンタジックな回想シーンで貫かれます。木下恵介もこんな技巧的な演出をするのかとちょっとびっくりしました。

物語は有名な雅夫と民子のはかない恋物語。それが淡々と語られる中で、笠智衆の語る詩が画面に登場し、まるで散文のような物語展開を見せます。
何とも素晴らしいのですが、周りを白く囲んだ映像はどうもすっきりとのめり込めない上に、正直、先に見た「紀ノ川」の感動が消えやらぬままで、前半はちょっとしんどかったですね。

しかし、ちらっと出てくる浦辺粂子の名演がこの映画を見事に引き締めているし、さすが杉村春子の迫力が、物語を引っ張っていくほどの心の強さで迫ってくる。木下恵介は私としては特に好きな監督ではないのですが、冷静に見ればさすがといわざるを得ません。

個人的にはこの白い囲みは失敗であったのではないかとも思うのですが、木下恵介ならこんな技巧的なことをせず、そのままスクリーンを見せた方が感動したと思いますね。

野菊の如き君なりき
1955年/白黒/92分
監督・脚本:木下惠介/原作:伊藤左千夫/撮影:楠田浩之/美術:伊藤熹朔/音楽:木下忠司
出演:有田紀子、田中晋二、笠智衆、小林トシ子、杉村春子
伊藤左千夫の青春小説「野菊の墓」の映画化初作品。信州の旧家に生まれ育った少年・政夫と、年上のいとこ・民子との淡く切なく悲しい恋の物語。木下監督の詩情溢れる撮影手法が、涙なくしては見られない感動を呼び起こす。