くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「処女の泉」「不良少女モニカ」「仮面ペルソナ」

処女の泉

ベルイマンを三本見る、「処女の泉」「不良少女モニカ」「仮面/ペルソナ」。
「処女の泉」は24年ほど前に見た作品である。さすがに、この映画は結構シーンを覚えていた。

ラストシーンの泉がわくシーンはもちろん、マックス・フォン・シドーの館に追いはぎたちがやってくるシーン、などかすかな記憶があった。

物語は一人のキリスト教に敬虔な小領主トゥーレ(マックス・フォン・シドー)の一人娘カーリンが教会へろうそくを届けに行く使いの途中でならず者たちにおそわれ、充血を奪われた上に殴り殺されてしまう。
その後、身ぐるみを剥いだならず者たちは、その娘のうちとは知らずにトゥーレの家で一夜を得るのであるが、娘から剥いだ衣服を買ってくれと言ったために、その悪行がばれ、トゥーレに殺される。

そのあと、娘の遺体を探し、その遺体をトゥーレが抱き起こすとそこから泉がわいてくる。
さすがに名作といわれるだけあり、そのカメラの動き、それに馬に乗ったカーリンと召使いのインゲリが森を行くシーンはベルイマンの作品には珍しく、動きのあるシーンになっている。

インゲリがカエルをパンに挟むシーン、森で半狂乱になって走り回る場面など、ベルイマン独特のアップとロングのぶつかり合うようなシーンが続く。まさにイングマール・ベルイマンの醍醐味というべきだ。
トゥーレが、ならず者たちを殺すために刃物を用意し、いざ、ならず者が寝る部屋に行く前に湯で体を清め、木の枝で体を打って禊ぎをする場面はまさに宗教色満点のシーンだ。

森でカラスがアップでなく場面が何度が挿入され、不吉な出来事が続くシーンを暗示していくあたりも何ともベルイマンらしい。
様々なところに神の不在を唱えるようなシーンが挿入され、一言で、そして一度や二度見ただけでは書ききれないほどに奥の深い映像が展開する。さすが・・・

さて、二本目は「不良少女モニカ」
ゴダールがうなったと言われるほど、フランスヌーベルバーグに影響を与えたイングマール・ベルイマン会心の青春映画である。
ヌーベルバーグをうならせたというのが納得いくほどに、この映画はまさにヌーベルバーグの青春映画そのものであった。

まじめな青年ハリーと自由奔放な少女モニカ。二人は若気の至りもあってか一瞬で恋に落ち、ハリーの父親のボートで町を出る。ボートの中で一夏を過ごし、青春を謳歌しながら、自由気ままに入り江から入り江と渡り歩いて、ある時は泳ぎ、ある時は別荘に盗みに入ったり、ある時は抱擁で時間を過ごし、また一晩ダンスをして過ごしたりする。

やがてモニカは妊娠し、二人は町に戻ってくる。叔母の力添えもあって、二人は結婚、やがて女の子が生まれ、ハリーも仕事に粉骨砕身し始めるのであるが、生活の苦しさ、不自由な主婦生活に疲れたモニカはハリーがいない間に男遍歴を重ね、育児さえもまともにしない日々が続く。

お互いの諍いが続くようになって、二人は離婚、ハリーは一人娘を引き取って去っていく。最後に鏡に映る自分の姿を見て、幸せだったあの一夏を思い出してから去っていくのである。

さっきも書いたが、夏を謳歌するシーンは本当に後のヌーベルバーグの映画そのものである。しかし、そこはイングマール・ベルイマン。インサートカットが随所に出てくる。夕焼けのシーン、蜘蛛のシーン、フクロウ、などなど、効果的かつ映画にストーリーのテンポを調整するかのようにはいるカットの数々が見事。今の映画監督はこのインサートカットの使い方が非常にへたくそである。この「不良少女モニカ」で是非勉強してほしいものですね。

三本目はイングマール・ベルイマン監督の最高傑作といわれる「仮面/ペルソナ」
正直、終わったあと、思わずにやっと自嘲してしまいました。全くわからない。これでもたいていのシュールな作品は理解して見ることができるつもりですが、この映画はまいりました。

いきなり、フィルムが溶けていく場面、そして簡単なアニメーション、またフィルムの場面、何度かそんなシーンが続いたあといきなり真っ白な画面にタイトルバック。激しい音とともにタイトルが続きます。
一段落すると、一人の少年が横たわっています。死んでいるのかと思うといきなり目を開けベッドの上に座ります。手をかざすとそこに大きな顔がぼんやり浮かび始めそれはリヴ・ウルマンであることがわかります。

この主人公エリサベート(リヴ・ウルマン)は舞台で「エレクトラ」を演じているとき、思わず笑いがこみ上げそれをこらえたまま声が出なくなります。そこで病院で治療するのですが、物語はエリサベートと彼女についた看護婦アルマとのお話です。

二人は主治医の別荘で暮らすことで治療を続けることになります。全く口を利かないエリサベートにアルマが自分の過去の出来事などを語り聞かせるのですが、やがて二人の間には同性愛的な物も芽生えてきます。

存在があるようで、また声を発しているようで発していないエリサベート、時折、突然フィルムを破ったようなシーンが挿入されたりとシュールなシーンの連続。
やがて、アルマの心とエリサベートの心が交錯し、入れ替わり、混ざり合うという不思議なシーンが次々とスクリーンに展開し、ついには半分がアルマ、半分がエリサベートというようなシーンまで登場。

これこそベルイマンの真骨頂といわんばかりの意味不明?なシーンが連続してきて、かなり頭がしんどいです。
ラストシーンは、二人はこの別荘を去ることになるのですが、なぜかアルマしかバスに乗らない。また、そのシーンと前後して監督がクレーンキャメラに乗ってぐーっと夜シーンが挿入されたり、冒頭でいた少年が再びリヴ・ウルマンのぼやけた巨大な顔を凝視していたりと、何とも、これがベルイマンの魅力といえばそうなのかもしれませんが、思わずにやけてしまいました。

こうして三本見ましたが、本当にこれがベルイマンの魅力なのでしょうね。見ているときは本当にしんどいのですが、見終わるともう一度見たくなる。見るたびに新しい発見があったりする。そんな監督さんですね