わずか93分という今の時代中篇といえる作品である。
その93分間がとにかく、ひと時も目を離せないくらいに画面に引き込まれてしまいます。
主人公ブライアン(リーアム・ニーソン)が実にいい。今は第一線を退いたかつての政府の特殊工作員。活躍していた時代に家庭をないがしろにした報いか、今は妻と一人娘が義父の家で暮らす別居生活。しかしブライアンにとっては娘がかわいくて仕方ない。
物語はその娘の幼い日の誕生日のシーンを盛り込みながら、17歳になった娘にカラオケのプレゼントを買うところから始まる。
なんとも、この親父、とても他人に見えないから、これがまた切ない。
妻のレノーアは、家庭を垣間見なかった夫にかなり冷たいものの、娘はまだそんな父親を慕う。
誕生日に撮った写真を幼い頃から丁寧にアルバムし、暗い部屋で1人そのアルバムを見るリーアム・ニーソンのシーンが私は大好きである。
毎年の誕生日の写真が一枚づつ貼られているのが、なんともこの主人公の性格を見せているようでほほえましい。しかも、写真を撮るときもいまどきにもかかわらず使い捨てカメラというのもまたいいねぇ。
さてさて、そんなほほえましいシーンから、娘にパリに遊びに行きたいといわれ執拗に反対する父親の姿へ。
この辺はちょっと過保護すぎるのではないかとさえ思えてしまいますが、娘がパリで誘拐され、娘の救出にかつての知識と戦闘能力を総動員して対応するあたりから物語りは一気にアクション映画に変貌。
あとは、1人の父親が、手段を選ばず、しかも情け容赦なく敵を追い詰めていくくだりが最大に見せ場である。
一瞬で敵を倒すくだりはまさに「ボーン・アイデンティティ」のごとく、しかし、ひたすら娘の居所を求めて、前に前に進む彼の姿は、ボーンのどこか陰のある主人公とは趣が違います。
脚本はリュック・ベッソンですが、ご存知のように、自分で監督をしない場合、かなり低レベルの脚本、つまりアクションとスピードさえあれば面白かろうみたいな単調なものが多いのですが、この作品の場合、そんな単調さを見事に一級品に仕上げたのはピエール・モレルという監督。
短く、しかも上下左右からの構図をめまぐるしく組み合わせていく彼の演出が、一本調子の単調な展開を見事なアクション映画に仕上げました。
面白いけれどもどこか単純に楽しめない部分があるのは、一人娘が危機一髪になるまで冷や冷やさせられたための気疲れでしょうか、それとも単調な物語の背後に潜むリュック・ベッソンのアメリカに対する皮肉、ブラックユーモアが読み取れるからでしょうか?
いずれにせよ、竹を割ったような勧善懲悪でありながら、裏のある作品作りは、本当によくできたアクション映画といえるのではないでしょうかね。
最後のもう一度、リーアム・ニーソンが抜群にいいです。