くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「さまよう刃」

さまよう刃

東野圭吾さんの小説はミステリー性もあるが、ドラマ性が圧倒的に重厚で見事である。したがってその映像化に当たって、そのドラマ性を描ききれていない作品はことごとく失敗している。

さて、この「さまよう刃」ですが、私はすでに原作を読んでいました。あの奥の深い重厚そのものの暗い人間ドラマをいかにして雰囲気を壊さずに映像化できるのかが一番の興味でした。しかし、冒頭のシーンだけで、その危惧は吹っ飛びました。

真正面から捕らえる夜の道路、娘の帰りを待つ主人公である父(寺尾聡)の姿、ゆっくりと走り抜けていく不気味なセダン。そして、物語の発端である少女の誘拐シーンが続き、タイトルが入ります。その後も、全編、片時も目を離せないほどに深みのあるドラマティックなシーンが間団なく続くのです。

場面が変わると、川原での殺人現場。
原作ではこのあたりまでが丁寧な人物描写を重ねていくのですが、そのあたりエッセンスだけを捕らえた見事な導入部です。しかも、被害者になる少女にはあえてキャストを載せていません。

原作では執拗なまでに少女が被害を受ける場面が繰り返され、それを知る父の姿を描写して、胸の奥底まで父の怒りがしみこんできて同化してしまいますが、そこはあえて、キャスティングしないことで映像による訴えかけを選んだようです。
このあたり、脚本にかなり念入りに推敲したあとがあって、これに続くシーンも充実しているのは納得がいきますね。

犯人の少年の部屋でビデオを発見し、それを見て、ひざが崩れるシーン、このあたりを完全にワンシーンで描いて、物語は一気に本編へと引き込んでいくくだりは見事。
後は、ひたすら復讐劇になっていくのですが、原作にあるように刑事織部の苦悩、父を助けるペンションのオーナーの描き方も、さりげなく父の苦悩を壊さない程度に挿入していくことで、父の怒りを吸い込んだ観客の心理を壊すことはしません。

このバランスがまたうまい。

エンディングも知った上での鑑賞でしたが、非常に原作の味を損なわずに適度に省略、改変を加えて、オリジナルな映像作品として完成していると思います。
見終わるまで、身動きさえもできないほどの鬼気迫る映像展開にうならせられる作品でした。見ごたえ十分。