くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「簪」「陸軍」

簪

「簪」
清水宏監督1941年製作とあるからまさに一触即発の時期である。物語はある温泉で夏休みを過ごす人々、その中の一人納村(笠智衆)は温泉で簪を踏みつけけがをしてしまう。その簪の落とし主恵美(田中絹代)がお詫びにきて繰り広げるいわば群像劇である。

出だし、温泉へ向かう大勢の団体の姿を正面からとらえ、やがて一軒の温泉宿の中へ。そこにはこの映画の主要人物(学者先生、おじいさんと孫、夫婦連れ、納村)がすでに夏休みを過ごすために長期逗留している。学者先生がへりくつをこねては繰り返される絶妙のコミカルなシーンでまず笑いを誘われる。これが妙に長ったらしくなくさらりと次の場面に移るから良い。

物語自体はたわいのないものなのだが、繰り返されるコミカルな会話のおもしろみと個性があるようでない泊まり客の面々が繰り広げるしゃれたユーモアが抜群のストーリーを生み出します。中心になる簪のエピソードを通じて、恵美と納村の淡い恋物語も交え、それぞれの登場人物の生活の背景はほとんど持ち出さないアットホームな物語は絶妙のバランスで笑いが絶えません。

これという技巧は施されないにもかかわらず、反復のユーモアのセンスが抜群で、これが第二次大戦直前かと信じられないほどです。佳品と呼ぶにふさわしい一本でした。


もう一本は「陸軍」
まず、国策によるものであるというタイトルと昭和19年11月完成というロゴがでてくるところから、かなりプロパガンダ作品ではないかと構えてしまいますが、これがなんと明らかに反戦映画なのです。木下恵介監督作品ですが、その鬼気迫る映像に、最後まで圧倒されます。よくまぁ、平然と公開できたものだと思わざるを得ません。

ある家族の三代にわたる物語で、まず幕末から物語がスタート、そして一気に30年がすぎ、次の世代へ、日清、日露と戦争を背景に物語は進んでいきますが、所々に軍国主義や戦争への批判的なせりふがかいま見られるから、どきどきしてしまいます。

さらに10年、10年とすぎて、物語は第二次大戦直前の時期あたりへ進んでいくのですが、木下恵介監督のスタンスは衰えるばかりか、さらに迫力を増してきて、クライマックス、戦地へ赴く息子の姿を必死で追う母(田中絹代)の姿を延々と追い続けます。周りに送迎で旗を振る群衆が所狭しと追いますが、その中でもみくちゃになりながら息子の姿を追う母の姿は圧巻。そして最後に手を合わせて、さも「こんな戦争で死なないで」といわんばかりの親心を示すクローズアップで終わらせる演出にはうなってしまいます。

木下恵介の演出は卓越していて、カメラを大きく引いて画面に登場人物を紹介し、物語を始める冒頭のシーンに始まり、時にユーモアを交えた父(笠智衆)の行動で息を抜きながらも東野英治郎扮する男に「神風が吹かなければ元寇で日本は負けていた」だの、戦地に行った息子の安否を必要以上に聞く場面など、堂々とした反戦シーンも挿入されています。

ストーリーの根幹は戦意高揚のごとく展開していくにもかかわらず、頻繁に親子の絆や命の大切さが伝わってくる描写は、まるで木下恵介監督の訴えたい気持ちが目に浮かんでくる思いがするほど迫力があります。ここまで骨のある映画を作れるのはさすがにこれが巨匠というべきなのでしょうね。見事でした。