くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「卵」「ミルク」

卵

「卵」
先日見た「蜂蜜」の主人公ユスフのその後を描いた三部作のうちの一本である。
物語は大人になったユスフの姿を描く。

映画が始まると、煙るような田園の彼方から一人の婦人がこちらに歩いてきて向こうへ去っていく。ユスフの母であろうと思われるショットからタイトルバック。

この監督の特長として前作「蜂蜜」同様自然の音が作品の中でさりげなく挿入され、映画と現実の境目を作らないのが特徴であるようである。しかも、さりげないショットが実に美しかったりするところから、独特の感性を持った監督である感じがします。

イスタンブールで古本屋を営むユスフの元に実家から電話。母が死んだという知らせが届く。
物語は実家に戻って母の面倒を見ていたというアイラといっしょに母の葬儀をし、母が生前望んでいた羊の生け贄の儀式をする中で過去がよみがえる。アイラに思いを寄せる男性の存在、母の周辺の人々の様子を描きながら、一通りの儀式の後、一人で夜の牧草地で泣き崩れるユスフの姿をクライマックスに、再びアイラと食事をするユスフの姿で映画が終わる。

エンドタイトルのバックに延々と食事をする食器の音が流れているのが実に印象的。

最愛の母を亡くしたユスフの孤独がひしひしと伝わる一編で、細やかな音の演出は「蜂蜜」同様非常に感性が鋭い。平凡なショットの構図がじつに素朴で美しく、トルコの自然の姿が実にさりげなくとらえられている。

しかし、正直なところ地味な作品である。それゆえに、しんどいと感じることも事実であり、突然ユスフが倒れたり、手に持っていた卵が落ちて割れる夢を見たり、井戸にはまった男が助けを求めるショットが挿入されたりと意味不明なシーンもあるために、あまりにも細やかな感性でつづられていくユスフの心の物語は不思議な感動を呼び起こすものの、ラストまでは退屈であることも正直な感想であった。

「ミルク」
非常にシュールな映像で見せるこの作品はユスフ三部作のちょうど真ん中の部分。ユスフが学生時代、詩を書くことに夢中で母と二人でミルクを配達していた青年時代の話である。

映画が始まると一人の老人が座っている。若者二人が蒔きを集めてミルクを煮上がらせた鍋の上に女性を逆さにつるしていく。女性の口から蛇がでて来るというショッキングなファーストシーンに始まる。そしてタイトル。

「卵」でほんのワンショット映される「ユスフの詩が雑誌に掲載された」という記事がこの「ミルク」で、投稿した詩が掲載される下りが映される。

また「卵」で突然倒れるユスフのショットがあるが、何のことかわからない。しかしこの「ミルク」で徴兵検査で脳波の異常が発見され、入隊できないというシーンと、バイクを乗っている途中で突然テンカンを起こしひっくり返るシーンが映されてユスフの持病が説明される。

また、「卵」で登場するアイラという女性に似た女性セイラと本屋での出会いのシーンも紹介される。ただ、いずれもほんのわずかのショットであり、いわゆる謎解き的なものととらえられなくもない。

この作品においても、さりげない景色のショットが非常に繊細で美しいし、クライマックス、猟銃を持って川辺に入っていく男を追って、石を投げつけようとしたところで足下におおきなナマズを見つけ抱き抱えるショットなど、かなりシュールなイメージシーンが多い。はたしてこの男は母の新しい恋人なのかは顔が出ないので不明のままである。

ラストは鳥の毛をむしる母の姿、それを見るナマズをだかえたユスフのショット、そしてユスフの友人が夜、ヘルメットのライトをこちらに向けてじっと見つめるシーンでエンディングという不思議な終わり方で完全に?状態になる。

制作された順番が、未来を描いた「卵」青年期の「ミルク」そして「蜂蜜」と続くのであるから、三本をそろえてみることでこの監督の繊細すぎる研ぎすまされた叙情的な感性に脱帽してしまう。

非常に静かな三本の作品な中でこの「ミルク」が一番劇的ともいえる展開である。母が密かに恋人の存在を認めるも、その結果は描いていない。

「卵」で描かれた井戸に落ちた男のショットの説明はどこにもなかった気もするが、これもどこかにあったのかもしれない。

ただ、この監督の個性はなかなかのものであり、注目したい逸材であるように思えます。