くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「貸間あり」

貸間あり

井伏鱒二原作、古びた邸宅を改造した長屋に集う人たちの様々な人間模様を川島雄三独特のどたばた群像劇に仕上げた傑作の一遍である。

出だしが良い。道頓堀の古本屋(天牛書店)で一人の男が学生風の青年江藤と出会い、その青年があこがれる五郎(フランキー堺)のところへ案内してもらうところから映画が始まる。
タイトルの後、長屋へやってきたのが一人の女ユミ子(淡島千景)。このユミ子と五郎の淡いようなどっちつかずのような恋愛劇を中心に、この長屋でどたばたドラマがところ狭し、あれよあれよとめまぐるしいリズムで展開していく。どこか、即興的なギャグや仰々しいほどのオーバーアクションによる笑いの創出はまるで吉本新喜劇のごとくであり、その意味ではさすがに吉本のギャグほどに爆発的な笑いにつながらない。そこが川島喜劇のどこかおしゃれなところかもしれません。

傑作という呼び声ですが、個人的には先日の「幕末太陽伝」ほど一本筋の通った傑作とは思えない作品だったのが正直な感想です。

さりげない一言にウィットやユーモア満点な演出は芸達者な役者さんの絶妙の間の取り方で生き生きしているのですが、いかんせん、舞台の空間演出がちょっと微妙に弱い。
クライマックスで、庭に集って食事をするショットで初めてこの舞台の個性的な配置のおもしろさがわかるのですが、このあたりはもう少し冒頭に持っていくべきだった気がします。

結局、九州まで追いかけていったユミ子が、いまだ五郎にであえず、再び貸間ありの看板を掲げるところで映画が終わります。
笑いのペーソスやテンポはまさに川島雄三ならではの個性であり、唯一無二のオリジナリティ満載なのですが、まず作品のストーリーとして中心の流れをしっかりととらえていない脚本の弱さが空間描写の弱さと重なって、中盤あたりまでドタバタと物語が進むばかりで、視点が定まらなかったのが残念な気がします。

それでも、これほどのバイタリティあふれる映像はとても人のまねのできるレベルでないことも確かです。見て損のない一本でした。