くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「女は二度生まれる」「婚期」

女は二度生まれる

「女は二度生まれる」
川島雄三監督の代表作の一本。
靖国神社のそばの茶屋で芸者をする主人公小えん(若尾文子)の自由奔放な男性遍歴の物語を実に軽快に健康的なリズムで淡々と描いた傑作である。

川島雄三監督の映像リズムは本当に軽快で、どのシーンにもたまりのような沈んだシーンが全くない。それでいて主人公のどこか微妙なもの悲しさや心の葛藤が見事に画面からにじみ出てくる。この演出力はいわば一種の才能と呼ぶしかありませんね。

横長の場面の中に奥の深い構図で小えんが歩いてくるショット、大きく俯瞰でとらえる靖国神社でのシーン、借りてもらったアパートで山村聡扮する筒井とすごすささやかな家庭的なシーン。一方で芸者を演じ、ホステスを演じ、まだ初な青年さえも手玉に取りながら、密かに思いを寄せる学生にラストシーンでお客の相手をしてほしいと頼まれる時のもの悲しいシーンなど絶妙な女心が見事にこちらに伝わってきます。

雨の降るショットから芸者の小えんをとらえるシーンで幕を開ける導入部。軽いタッチのせりふで軽妙にお客さんの相手をしながら、夜になると一夜をともにするといういわば売春まがいのこともこなす古き時代の芸者の姿を若尾文子が見事に演じている。

建築士の上客筒井、寿司屋の青年野崎(フランキー堺)、学士の牧(藤巻潤)、などに彼女がさりげなく接し、ひとときの恋人になる展開はめんどくさい恋愛ドラマでもなく、といってカラッと乾いたコメディでもなく、微妙なバランスで主人公小えんのどこか寂しさを伺わせる女心をにじみ出させていく物語は絶品の出来映えである。

筒井のめかけになったのもつかの間でその筒井が死に、その妻に悪態をつかれ、牧からは自分の仕事上の客の接待にひとときを過ごしてくれとせがまれて一抹の寂しさと悲しさが一気に吹き出し、かつて遊んだ初な青年と上高地へと旅立つ。そして、自分は途中で別れかつて少女時代を過ごした長野へと向かうところで映画は終わります。両親も健在であった少女時代が果たして幸福だったのかわかりませんが、何かにすがりたい主人公の何ともいえない寂しさがにじむエンディングでした。

「婚期」
吉村公三郎監督の傑作コメディです。
すでに30歳を間近にした二女波子(若尾文子)と、劇団で自由な毎日を送る三女鳩子、そんな小姑と夫の弟典次郎と一緒に暮らす兄の貞夫(船越英二)と妻の静(京マチ子)夫婦、さらには古株のばあや(北林谷栄)が織りなす絶妙な大人の喜劇です。

ばあやがぼそぼそと語る合いの手のような間合いのせりふや悪態の数々が思わず笑いを誘う上に、時に開き直って言いたい放題をする波子と鳩子の憎むに憎めないほほえましいほどのキャラクター。そして、何とも頼りない兄貞夫。一見、しとやかで我慢強いような雰囲気ながらどこかしたたかにこの家で毎日を送る兄嫁静。そして彼女たちの周りの女性たちが見事なくらいの掛け合いで絶え間ない日常の笑いを生み出していきます。

へたをすると陰湿な家庭ドラマになるところをほんのわずかな間の取り方、せりふの応酬であっけらかんとした喜劇に仕上げた水木洋子の脚本の見事さと、吉村公三郎監督の見事な演出に脱帽してしまいました。

ある家庭に一通の怪しい手紙が舞い込むところから物語が始まります。兄嫁静(京マチ子)宛て、夫がよそで女を作って子供までいるという文章の手紙に端を発して、静が貞夫に詰め寄る。一方、その静に日頃の鬱憤をはらし出す小姑たち、そして、そんなぎくしゃくした家庭に嫌気がさすばあやたちの物語がこれぞ演技力といわんばかりの機関銃のような台詞とはっと思わせるような画面づくりによる吉村公三郎の演出で見事に波風が笑いに変わり、そしてまた波風が起こるというストーリーの抑揚を生み出していきます。

よく、淡々とするストーリーで抑揚のない作品が登場することがありますが、この「婚期」は下手をするとそんな感想になるような物語です。しかし、そこを台詞の間合い、画面の編集のリズム、登場人物の動きでこれほどまでにすばらしい抑揚が生み出されるものかとうならせてくれます。これが傑作というものでしょうね。