「天国の日々」
ネストール・アルメンドロスのカメラが抜群に美しいのであるが、全編一つの映像芸術のように整った画面の構図と静かに動く美学が徹底された美しさに満ちているのがなんといってもこの作品の傑作たるゆえんであろうと思います。
広大に広がる小麦農場。その一カ所に点のようにたつ農場主の邸宅、麦を刈る蒸気のトラクターや芝刈り機、雇われた農夫たちが振り下ろす釜のシルエット、どれもがまるで叙情詩のごとくゆっくりとストーリーの中にとけ込んでいるのです。
主人公はリチャード・ギア扮するビル、その妹リンダが語り部となって物語が展開していきます。ビルには恋人のアビィが一緒ですが、妹ということにした方が都合がいいのでそうして旅をしている。そしてやってきたのが広大な農地を持つ大地主の農園。ここの若き農場主は余命一年であることをたまたまビルが聞いてしまいます。
放浪の旅に出た三人が汽車に乗って旅するショットからこの農場で農作業をする導入部分が実にのどかで美しい。しかし、この農場主がアビィに惚れてしまい、刈り取り作業が終わる頃に一緒に残ってくれとプロポーズする。ビルは裕福な生活をするために偽装の結婚をアビィに薦め、アビィは兄ということにしているビルと妹のリンダが一緒ならと地主の申し出を受けます。
しかし、ビルとアビィはことあるごとに会って、愛を確かめる。少し違う雰囲気に怪しみだした農場主の心の葛藤も交えて物語は淡々と詩情豊かに展開していきます。
ある日、疑われたビルは一人農場をでる。やがて冬がきて春がきて、再び収穫の時、ビルが真っ赤なバイクに乗って帰ってきます。しかし、アビィは農場主のことを愛し始めている。
真っ赤なバイクに乗ったビルの姿が黄色い大地に走る姿の美しいこと。また、複葉機で農場に降り立つ大道芸人のシーンなどまるで絵画を見ているかのように画面の中に引き込まれていくのです。
ある日、イナゴの大群に農場が襲われ、農場主を子供のように思う隣人の農場主も含め必死で追い払おうとするどうしようもなく、そんな中で日頃不審に思っていた農場主はビルにくっかかる。その拍子にランプが割れて農場は火事に。火の粉が舞う中での人々があわてるシルエットさえも映像美に変わってしまいます。
一夜が明け、どうしようもなくなった農場主はピストルでビルを撃ち殺そうと迫りますがもみ合った拍子にドライバーで刺し殺されてしまう。思わぬアクシデントとはいえ、あわてたビルはアビィとリンダをつれて逃亡する。
しかし、警察の追っ手が迫り、ビルは射殺されてしまいます。そして、リンダは孤児院へ入れられ、アビィは汽車に乗っていずこかへ旅立つ。リンダは孤児院を抜け出し、彼女もまた友達といずこかへ旅立って映画は終わります。
一遍の叙情詩のごとき見事な映像芸術であり、どのシーン、どのショットもため息がでるほどに美しい。静かなストーリー展開の中に映像美に包まれるかのような激しい心の葛藤が描かれ、これこそが芸術だといわんばかりの感動がエンドタイトルの後にわき起こってきます。まさに、芸術作品と呼べる貫禄のある映画でした。先日の「ツリー・オブ・ライフ」はやややりすぎたきらいがありますが、この「天国の日々」はテレンス・マリックの映像芸術の傑作と呼べる完成度だったと思います。
「ナッシュビル」
群像劇の傑作とはよく言ったものです。
ローバート・アルトマン監督の作品はスクリーンから1970年代がにじみ出てくる独特の個性があります。これは唯一無二の彼のオリジナリティで、ここまで時代性を画面に沸き上がらせる監督は存在しないでしょう。
そして、そんな圧倒的な空気を含んですばらしい群像劇が展開する。これこそ、キャッチフレーズそのままの傑作であると思います。
当時の大スター、後の大スターが端役からメインキャストまでちりばめられた配役のおもしろさ。ほんのわずかなショットに含ませる当時の時代背景、そして、一見まとまりのないバラバラのシーンのように見えながらそれぞれの登場人物のドラマがしっかりとつながっていく絶妙の展開。画面からわき出るバイタリティとどこか寒々としたむなしさ、一種独特の雰囲気を漂わせるアルトマン芸術の真骨頂かもしれません。
物語というほどのストーリーはなく、アメリカ一保守的といわれるナッシュビルの町に選挙運動をするべくやってきた政治家、この地の出身のカントリー&ウエスタンの歌手がやってくるところから映画は始まります。そして彼らを取り囲むように様々な歌手たちが様々な場所で歌うシーンが次々と展開する。
冒頭のハイウェイで玉突き事故が起こる導入部から、あちこちで巻き起こる様々な人たちのドラマが幕を開ける。随所に映されるカントリー&ウエスタンの軽快な歌声。そして、ベトナム戦争やヒッピー、ケネディ大統領、ウォーターゲート事件さえもせりふの端々に登場し、むんむんするような世界が次々と展開していきます。
クライマックスは選挙運動の一環のコンサートで一人の歌手が撃たれ、そのショットの後、さらに歌声が続く中カメラがゆっくりと引いていって終わります。アメリカという国のあの時代を今みても色あせないイメージで描ききったロバート・アルトマンの二時間あまりの長尺作品に圧倒されました。おみごと。