くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「スマグラー お前の未来を運べ」

スマグラー

近年みた日本のアクション映画の中で際だった傑作と呼べる一本だと思います。とにかくおもしろかった。しかも、映画というものをちゃんと知ったスタッフがスクリーンに映し出される娯楽として完成させたというムードがプンプンするすばらしい一本でした。

夜の町、夜空に一つ一つキャストが映されては煙のようにかき消されていく。背後に映し出される工場地帯の煙突の煙。やがて、そんな煙る景色の中からゆっくりと一台のトラックが浮かび上がってきてこちらへ走り抜ける。そしてメインタイトル。こうして観客は現実からかけ離れた不思議な世界へと放り込まれていく。

このシーンみただけで、どこかでみたことがある古き良きフィルムノワールの映画が思い浮かんでくる。もちろんその映画が何であるかはわからない。けれども、かつて映画が映画であった時代の名作にはこんな現実から非現実へ誘ってくれる名シーンがあったことを思い出すのだ。

トラックに乗っているのは砧(妻夫木聡ジョー永瀬正敏)ジジイ(我修院達也)。いったい彼らは何者で、どこへ行くのか。その物語が主人公砧の過去をフラッシュバックさせながら交互に描かれ、一方でこれから彼らが出くわす田沼組とチャイナマフィアの戦闘事件のストーリーも交互に映し出される。そして、そのそれぞれに登場する個性豊かな登場人物たちも、それとなく紹介され、次第に物語が一つになってクライマックスへ流れ込むのだ。

狂ったように暴れ回る背骨と内蔵と呼ばれる二人の不気味な中国人の殺し屋たち、田沼組の幹部の異常なS男、それぞれのプロットは実にマンガチックで非現実的なのだが、全く違和感がない。つまり、冒頭のトラックのシーンですでにこのスクリーンの中の出来事は完全に自分たちの生活する世界とは違うことに納得してしまっているからである。

どのキャストもそれぞれ楽しいのであるが、群を抜いて際だっているのが満島ひかり演じる田沼の女房である。美貌を演技で見せたらこうなるといわんばかりのとびきりのいい女を演じきり、しかも不気味な魔性の姿をにおわせている。一言一言のせりふの抑揚がそのシーンそれぞれにこの上もなく最高の効果を生みだしているし、ストーリーの展開部分でビシビシとそれが生きているのだから全く驚嘆してしまうのである。この満島ひかりという女優さん、これはいったい化け物かと思えるほどにその演技力にさらに磨きが掛かってきた気がします。

チャイナマフィアの殺し屋背骨を捕まえて、田沼のところへ運搬する砧たち。しかし、途中で背骨が逃げ出し、チャイナマフィアのボスのアジトでジョーに機関銃をぶっ放されても、異様なスピードで壁を逃げ回る滑稽なシーンさえ許されるほどにこの映画の非現実性は楽しい。

ラストで、砧を助けにいったジョーが田沼のところで砧を助け、「後は任せて」と田沼の妻(満島ひかり)が組員を一喝する下りは最高。

そして、エピローグ、田舎町で砧にジョーが報酬を与え、「あんたにこんな世界は不向きだ」と追い出すラストも心憎いほどに粋である。

原作がコミックなので、原作の味とどれほど乖離するのかわからないが、映画として完全に昇華し、映像としてオリジナル作品に仕上がっていることは確かである。すばらしかった。
難をいうと、妻夫木聡はちょっとミスキャストだったかもしれない。