くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「戦争と青春」「にごりえ」

戦争と青春

「戦争と青春」
今井正監督の遺作である。
いくら巨匠とはいえ作品の出来不出来があるのは仕方がない。今井正監督の評価の高い作品からすればかなりの凡作であるし、私個人的には好きな映画の部類に入らない。

主人公工藤夕貴扮するゆかりが学校で、夏休みのレポートに戦争の話を書くことに決まるところから物語が始まる。そして、自宅に戻り、近くにある東京大空襲でやけ残った電柱の前で生き別れた子供を待つ父の姉咲子の姿を通して、大空襲の頃をフラッシュバックさせながら反戦を訴えていく。フラッシュバックで語られる過去のシーンはモノクロームで、大空襲の場面はパートカラーで描かれる部分は迫力もあり、なかなかのものであるがそれも特に秀逸というものでもない。

その意図するところはわかるが、いかにもあたりまえのごとく教育映画のように教科書然としたエピソード、台詞の数々が語られていく。しかも、時に中国で日本人が行った非道にさえもふれてみたりして、どうも受け入れられない。

クライマックス、生き別れた咲子の子供は韓国の人に拾われ韓国で暮らしていることがわかり、その子供がやってくる。目も見えない彼女が焼けた電柱の前にたち、かつておぶってくれていたおんぶひもにふれるが、結局確証の無いまま終わる。

ゆかりが語る台詞が実にわざとらしく、周辺の人たちの会話の中にもいかにも日本人が悪かったといわんばかりの台詞も見え隠れし、戦争の悲劇が強烈なメッセージとしてではなく教育的な視点でのみ語られる展開は実に残念な一本である。

原作もあるのであるから、そのあたりはいかほどかと思うが、今井正の演出、脚本の力量でもっと心に訴えかけるべき映画として完成させてほしかった。製作年がバブル真っ最中という背景も考慮して、当時ではやや時代遅れの一本にとらえられた感が強い作品でした。

にごりえ
これはすばらしい傑作である。三話三様の画面づくりの美しさもさることながら、第一話から第二話、第三話と進むにつれて画面が動き始める上に物語の配分、時間の構成が実にうなるほどにみごとである。これを傑作と呼ばずしてなにを傑作と呼ぶのかといえる名作でした。

映画が始まって、美しい月明かりの中一台の人力車が走ってくる。人力車を点のようにとらえ奥行きのある画面の作りが、スタンダード画面にも関わらず映画としての貫禄をにおわせる。第一話「十三夜」の導入部である。

嫁ぎ先で疎まれ、我慢に我慢を重ねたものの辛抱ならず実家に返ってきた娘おせき。母もよにことの次第を話す。舞台劇のようにカメラをじっと据えて、室内の行灯だけがぼんやりと光りながらのワンシーンワンカットに近いカメラワークで語っていく。母は娘の窮状を理解し、戻ってくることを勧める展開が前半。そして一段落ついたところで父が話し始める。

子供がいるのだからそこは辛抱するべきであると切々と母としてのありかたを語り説き伏せる台詞が実に説得力あり迫力がある。そして、心を入れ替えた娘は再び夜の町へと人力車に乗る。ところがこの車夫が途中で運ぶのをやめてしまう。困った娘がよくよくみるとかつての恋人録之助である。

そして、二人は今のそれぞれの生活を語りながらお互いの恋心を打ち明けることなく道途中までいって、おせきは別れていく。ファーストシーンと同じ画面で締めくくる切ない恋の物語が実に美しい。夜の町を走る景色の建物、美術セットの秀逸さと月夜の明かりの見事な映像がため息ものの第一話である。

第二話「大つごもり」は裕福な家で下女奉公している女中みねの物語。みねが住んでいる長屋の大恩人の叔父夫婦に頼まれて、年末に2円の金を主人に借りることになるみね。しかし、大晦日の夜、約束していた女主人は約束を反故にするような言葉を話したためにみねは途方にくれてしまう。一方大晦日にこの家の放蕩息子石之助が帰ってくる。

前借ができず困っているみね。そんな折、この家で借金していた男が20円を返済にくる。出かける間際にもってきたために女主人はその金をみねに居間の箱にしまう用に指示する。たまたまその居間では石之助が酒を飲んで眠っている。

叔父の家からの使いの男の子などもやってきてどうしようもなくなったみねはつい出来心でその20円から2円を拝借してしまう。

夜、一年の帳簿を併せるべく女主人が20円をしまいこんだ箱を開けてみると石之助がその金を拝借したという手紙が。あわやばれてしまうと思ったみねのスリリングな心理を描く物語である。

しっかりと人物をとらえる今井正のカメラは時に床すれすれに人物を描いたりと、第一話とは違うカメラアングルで、一人の気のいい娘みねのふとした出来心と揺れる心の変化を絶妙の演出で描写していく様が見事である。

第三話は新開地の色町の話「にごりえ」。この話に至って、カメラは今井正得意の左右いずれかに顔のクローズアップと奥に人物を配置する構図を多用し、時にその画面がカメラの移動で動く大胆なカメラワークも見せる。

この町のナンバーワンの売れっ子芸者お力を主人公に、彼女に惚れ込んで貧乏長屋に落ちてしまった男源七とその妻お初、そして二人の子供の話を絡ませていく。

ここにいたって、狭苦しい色町の通りを縫うようにカメラが動き回り、舞台となる菊之井の店の中の女たちを捉えるむせ返るショット、お座敷で遊ぶ男たちの姿をリアルに映す一方で、源七夫婦の話を描いていく。

クライマックス、源七にやたら悪態をつくお初に業を煮やした源七がお初にでていけといい、お初が子供を連れてでいく。そして何日かたち、もどってきたら源七がいない。かねてより、ことあるごとにお力につきまとい、この日はお力を無理矢理包丁で刺して自分も割腹自殺をし、無理心中した。警官がお力と源七の倒れた姿を写して映画は終わる。

途中にお力の幼い日々の貧しかった生活を山村聡扮する金持ちの客朝之助に語る場面など、全体が庶民の物語に終始している。今井正の演出はこの第三話に一番時間を割いた構成にし、第一話、第二話と次第に第三話の物語へと誘っていくような展開を試み、全体を一本の物語として終わらせる。

見話って、じわっと胸のうつすばらしいストーリーテリングとカメラ演出の妙を堪能できるすばらしい一本でした。