くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ハンター」「東京プレイボーイクラブ」

ハンター

「ハンター」
少々押しつけがましいところがないわけではありませんが、どこか妙に心に訴えかけてくる良質の作品でした。

ラストで絶滅したといわれるタスマニアタイガーがじっと振り返って寂しそうに訴える視線が何ともいえないほどにもの悲しくて切ない。

パリ、一人の男マーティンが目を覚ますところから映画が始まります。絶滅したはずのタスマニアタイガーの生態サンプルを採取すべくバイオ企業のレッドリーフから依頼される。

装備を調えオーストラリア、タスマニアの奥地へ向かうマーティン。現地のジャックから紹介された逗留所につくと、そこには幼い少女サスと口を利かない少年バイク、そして母ルーシーが暮らしている。父ジャラはタスマニアタイガーを追って森に入ったきり戻ってこないのだという。

バイクはその父のことも探してほしいと写真や絵をマーティンに渡す。母は体調が悪く薬漬けで眠っているようであるが、その薬が不適切であると子供たちに教えたマーティンの機転で彼女は目覚める。

何度かの森への探索の中、ある日たまたまおちた轍の先にタスマニアタイガーの洞窟を見つける。自然のわなとたんたんと仕掛けていくマーティンの描写がこの人物の誠実さを物語る。そんな中で不気味に彼の周りに忍び寄る人の気配や鉄のわなを見つける。次第にスリリングな要素も加わってくる。

一方でジャラの水筒を発見、そばに撃たれた後のある頭蓋骨を見つけるが、マーティンはその遺骨は丁寧に生め、それでも水筒は家族に渡すことができなかった。

次第にこの家族と親しくなるマーティン。そんな彼を監視するようにいわれていたジャックが彼のことを報告。マーティンは家族とのピクニックへ行くほどに親しくなっていたが、会社からの催促で、ピクニックを反故にして再び森へいく。しかし、彼を追って別のハンターがおそいかかる。すんでのところで彼を撃ち殺してしまうマーティン。

その男がマーティンがルーシーらに残したメモを持っていたのに驚き戻ってみるとルーシーの家は火事で焼け落ちていた。ジャックに詰め寄ると、母と娘は死んで少年も施設に預けられたと聞く。人間のエゴによって犠牲になった人々への怒りか、マーティンはタスマニアタイガーを洞窟で待ち伏せる。

何日目か、タスマニアタイガーが洞窟の入り口へやってくるが、マーティンを見つけてゆっくりと去る。それを銃でねらうマーティンの目に、振り返りながら寂しそうな視線を送るタスマニアタイガーの姿が映る。そして、一匹になった悲しさに打ちひしがれ、自ら逃げるわけでもなくじっとうなだれるタスマニアタイガーにマーティンは銃の引き金を引く。そして、その死体を燃やし灰にして、会社にはタスマニアタイガーはいなかったと報告。

施設の少年を迎えにいくマーティン。少年はマーティンを見つけると声にならない歓喜の顔で飛び込んでくる。エンディング。

最後に生き残ってしまった生き物の何ともいえない悲しさ、そして、利潤追求だけのためのエゴイストな人間たちへの動物たちからのメッセージさえも見えてくる。このあたりが少々くどいと思えるところかもしれませんが、それはさておいて、ストレートに楽しめばなかなかの良品であった気がするのです。

「東京プレイボーイクラブ」
物語の好き嫌いがあるかもしれませんが、この映画なかなかの傑作でした。映像と音楽のリズムセンスが抜群に良い。大森南朋光石研という二人の芸達者以外はかなり濃厚なしかし知名度の低い俳優を配置し、リアリティというよりどこか深作欣二的なフィルムノワールのようなたたずまいで描いていく物語はいつの間にか懐かしい想いでラストシーンを見送ってしまいます。

勝利(大森南朋)がたばこをくゆらしているスクラップ工場から映画が始まる。そこへ近くの浪人生が工場の音がうるさいと絡んでくる。延々とワンシーンで描くこのシーンはしつこいほどにうんざりさせられ、これはちょっとと思っていると、勝利に絡んでいった浪人生が一撃で殴り倒される。そしてキャストスタッフのタイトル。

場面が変わる。場末の居酒屋街。おとなしそうなサラリーマン風の若者が客引きの貴弘にからまれ無理矢理一軒のピンサロへ。いらっしぃませ!の成吉(光石研)の声とともにレトロな音楽、ネオンサインで「東京プレイボーイクラブ」と明かりがついてそれがメインタイトルになる。この導入部が抜群である。

ここへある朝勝利がやってくる。成吉と勝利は幼なじみなのだ。歓迎する成吉は勝利と居酒屋へ。そこで兄弟のチンピラを殴ったことから物語が本編へ。

一方客引きの貴弘の女が妊娠したと告白。たまたま店の留守を任せられた貴弘は店の金を盗み女に渡すが、その女に逃げられそのうえ成吉に捕まり、同棲しているエリ子を働かして返させることになる。

勝利がリンチしたチンピラ兄弟のさらに上の兄貴が成吉のところに落とし前をさせるべくやってくる。ひたすら頭を下げる成吉は金と女を差し出すことで了解を得る。

チンピラの兄貴の待つホテルへエリ子を乗せて勝利がいく。ところがその兄貴はエリ子とことを始める前にそこで心臓麻痺で死んでしむ。連絡を受けた成吉等はその死体をバラバラにして捨てることにする。ところが死体から指輪や装飾品を成吉が盗んだためにクライマックスの悲劇へと向かう

弟たちが兄貴の行方を探しにきて、身につけていた指輪などを見つけ、問いつめて話を聞くために成吉に勝利とエリ子をつれて店に来させるようにおどす。エリ子を連れてきた勝利はそこで捕まり、自分が兄貴を殺したと叫ぶ。ところがチンピラ兄弟の兄がピストルで弟撃ち殺してしまい、さらにエリ子がその兄を後ろから殴り倒。それを見た勝利はエリ子の手を取り逃げようとする。ところが、瀕死の弟がピストルでエリ子を撃つ。

瀕死のエリ子を車に乗せた勝利は夜の町を叫びながら走り去る。去っていく車をバックに白抜きの「東京プレイボーイクラブ」とドンとでてエンディング。

勝利がやたら切れる存在として描かれるが、細かいディテールを無視し、ただ感情的なままの人物として描く一方親友の成吉は世渡り上手ながらどこか卑屈なほどに要領がいい薄っぺらな人間として描いていく。そんな中で、家出して東京へきたエリ子はせりふは少ないながら、流れるままに毎日を過ごしている様子を丁寧な演出で描いていく。そして太宰治を読んだり、なんとかやり直せないかともがく一面の描き方も実にうまい。そんな彼女に「まだまだやり直せる」と諭すクライマックスの勝利のせりふが作品全体のリズムの中できらりとひかる。そして、そのかすかな希望のためにチンピラを殴り倒し、勝利に手を引かれて逃げようというこのラストシーン、そしてその後、銃に倒れるショットのなんともショッキングな切なさ。

ハイペースで展開するドラマの背後に妙に懐かしいポップが流れる。これでもかという暴力シーンがあるにも関わらず、韓国映画のようなしつこさがないし、ピンサロを舞台にし、エロティックなシーンの一つもあっても良さそうなものだが、そのあたりを完全に排他しているために焦点がセイジと勝利、さらにエリ子のドラマに集まる。この演出が秀逸である。

ラスト、エリ子がチンピラを殴ったラジカセから「てんとう虫のサンバ」がながれる下りはうならざるを得ない。
車の中でエリ子はまだ息がある。はたして彼女は助かるのか?これが映画的なラストシーンである。

自主映画のような装いで始まる導入部がぐいぐいと一級品の作品へと昇華するリズム感にひたすらのめり込んでしまう傑作だった。�