くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「メランコリア」「ビーストリー」

メランコリア

メランコリア
世界終末を描くラース・フォン・トリアー監督の話題作である。人間の内面世界に焦点を合わせたストーリー展開と映像表現にはさすがに一種シュールな世界が存在するので考えようによってはかなり難解といえば難解ですね。

映画が始まると女性のアップ、主演のジャスティン(キルスティン・ダンスト)である。背後に落ちてくる鳥たち、ハイスピードカメラが次々と幻想的で観念的な映像をスクリーンに映し出していきます。馬が崩れるショット、庭園に二つの影がさしているショット、燃えていく本の絵、なにやら引きずる花嫁の姿、枝を削る少年のショット、などなど次々と内面的なイメージの世界へと誘っていく。そして最後に巨大な惑星メランコリアが地球に激突するシーンでタイトル。鉛筆で紙をこすったような荒い文字が浮かび上がる。

画面が変わると真っ白なリムジンが花嫁と花婿を乗せて狭い道を苦心して曲がっていく。ようやくたどり着いた宴会場は主人公ジャスティンの姉クレアの夫ジョンが経営するゴルフクラブの豪華なハウスである。冒頭の固定された映像とは裏腹にラース・フォン・トリアー独特の手持ちカメラの映像で物語が進んでいく。

すでに2時間遅れ、頭にきている企画者のクレア(シャルロット・ゲインズブール)、こういうセレモニーに嫌悪感を示す母(シャーロット・ランプリング)、やたら冗談をする父(ジョン・ハート)、この宴会にいくら掛かっているのかとわめくジョン(キーファー・サザーランド)。時に精神的に情緒不安定なジャスティンは来客をいらつかせクレアをやきもきさせる。どこかぎくしゃくしたムードのなかで、夜空に不気味に光る小さな赤い星メランコリア

やがて宴が終わるが、ジャスティンの不安定な精神状態に嫌気が差し、夫マイケルが去り、頼りにする父も帰り、母もいなくなる。夜が明けるとジョンとクレア、その息子、ジャスティン、そして屋敷の執事のみが残る。第一部ジャスティンがおわり7週間後の第二部クレアの章にはいる。

精神的に憔悴しきったジャスティンの姿。5日後に、近づいてくる惑星メランコリアは地球のそばをすり抜けるというのでクレアは不安でたまらない。息子のレオが作ったはりがねの測定器でその近づく大きさを確認しようとする。

やがて、水平線の向こうに太陽が昇るように巨大な惑星が姿を現す。測定器で見るといったん近づくが次第に離れていく。夜空に浮かぶメランコリアのショットが不気味であり、空気が吸収され一時的に苦しくなるという描写が実にリアルである。しかし、これだけの出来事に社会全体が大騒ぎになる描写がないのが、これがすべて精神世界の物語も意味するところがあるともいえる虚構の世界であるかにさえ取られてしまう。

一度は毒薬まで準備したクレアだが離れていくメランコリアに安心して一夜をあける。ところが、あけてみるとジョンは馬小屋で自殺している。見ると空にはメランコリアが。あわてて測定器を見ると近づいてきているのだ。

息子を起こし、いったん村に逃げようとするが戻ってくるクレア。ジャスティンと三人で枝で作った三角のシェルターに入って最後の時を待つ。まっすぐ迫ってくるメランコリアはそのまま彼らを飲み込んで暗転、エンドタイトルとなる。巨大なメランコリアがまっすぐに彼女たちに迫ってくるクライマックスは圧巻であるが、一方世界終末にもかかわらずジャスティンらにとっては「地球は邪悪で消えても仕方ない」といわんばかりのせりふにどこか滅亡に対する幸福感さえ見え隠れする。

ジャスティンが全裸で川岸に横たわるショットや前半で夜空を見上げてウェディングドレスで放尿するショット、さらに上司からの執拗なコピーの依頼にいらつくシーンなどにジャスティンの現実からの逃避意識が見えたりもするのである。

日常の不安が生み出した恐怖の象徴としての惑星なのか、滅亡イコール幸福への開放を意味するのか、精神的な破壊と惑星衝突が一致するのか。虚構と現実、リアルと幻想が入り交じる不思議な作品で、その圧倒的な映像表現ゆえに観念的なテーマをつづっているようにも思えるが、明確な理解はなしえていないかもしれない。

冒頭のハイスピードカメラの幻想的なショットの数々が本編の中でさりげなくその成り行きを描写されていく。

なんの防御にもならない枝で作られたシェルターの意味するものは、あまりにももろい人間の殻の姿かもしれない。まさしくラース・フォン・トリアーならではの精神世界の物語である。

見終わって、ここまで書き綴って、その後数時間、思い起こしてみる。思い起こせば思い起こすほどのこの映画の、いや映像のすばらしさがじわじわと心の中で巨大化してきます。ものすごい傑作であったようにイメージがどんどん膨らんでいるのを実感しました。とんでもない映画だったかもしれない。

「ビーストリー」
美女と野獣」を現代版青春ラブストーリーに翻案したいわゆるファンタジーです。

高校でイケメンの主人公カイルはクラスメートでなぜか魔女の能力を持つケンドラから魔法をかけられ醜い姿に。父親にも疎まれ一人暮らしを始めるが、醜くなる前にたまたま知り合った女性リンディに曳かれていく。

少々強引な展開も見られるものの、もともとファンタジーなのだからそんな理屈はさしおいて純粋に物語を楽しむことにしました。とにかくリンディ役のヴァネッサ・ハジェンズがとってもキュートでかわいいんです。どこかエレン・ペイジに似ていなくもないのですがクリッとした目もととキューとな口元がチャーミングで、彼女の笑顔を見ているだけでも楽しい映画でした。

ストーリーは「美女と野獣」なのでラストは魔法が解けてめでたしめでたしでおわります。
軽いタッチの音楽と素朴な映像が好感で、特に凝ったような演出はなされないまでもストレートに紡いでいくラブストーリーが楽しめる一本でした。