くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「鰯雲」「女の一生(淡島千景)」

鰯雲

鰯雲
成瀬巳喜男監督が初めてカラーに臨んだ作品で、叙情あふれる田園風景の映像がとっても美しい一遍。
昔ながらの地主として農業を営む中村雁治郎扮する和助の姿、一方で和助の妹で嫁いだものの戦争で夫を亡くし未亡人となった淡島千景扮する八重の姿を通して時代の流れの中で、古き日本の本家と分家や嫁と舅の確執の問題を描きながら、次第に時代の流れの中で若者たちの心が変化していくさまを見事に描いています。

八重は女学校も出たしっかり物のいわばインテリ的な女性を演じている。古い慣習のままの農村で奴隷のようにこき使われる姿を描きながらも、自分の意思をしっかりと持って生きている姿を描いていく。一方で農地改革で田畑を減らされながらもかつての本家の棟梁としての考え方を変えることができない和助はことあるごとに強権的に分家に迫ってみたり、子供たちに自分の考えを強制したりする。

しかし、時代はすでにそんな和助を無視するかのように子供たちは一人また一人と農業を捨てて出て行こうとする。さらに、和助がかつて親の言いなりでせっかく娶った妻を離縁させられたりした古き時代とはうってっかわって、子供たちは自分の意思で自らの結婚を取り計らい決めて自立しようとする。そんな姿にかつて自分が体験した若き日の辛らつな経験を子供たちにはさせたくないという思いもよぎってくるのである。

映画は、途中まではこの和助がとにかく古臭くて時代遅れであるかのように徹底的に描き、さらにそれに対して八重が大川と不倫をしたりする物語を描きながら対照的な姿でつづっていく。しかし、終盤、和助の三男が東京へ出て行きたいと言い出し、その金のために長男初治が田んぼを売ってしまおうとどんどん話を進める姿に八重が「家を守っている父の姿になれば、きっとお父さんがかたくなに農地にこだわる気持ちがわかる」と一言を浴びせる。一見、昔気質などどこ吹く風の進歩的な八重がちゃんと兄和助の立場を見据えていたことを子供たちに示す見事なせりふで、このせりふでこの作品に一気に深みが生み出される。

どうにも反対していた和助が、終盤、いつの間にか自分で田んぼを売る契約をし、金を工面している姿を八重が目にするシーンには胸が熱くなってしまいました。

人手だけを頼りにしてきた日本の農村の現状を時代の流れの中に描きながら、人々の価値観や考え方が変わる様をつづっていく物語は最初こそとっつきにくかったのですが、次第に深みのある展開と、美しい農村の景色に引き込まれていきました。
ファーストシーンで横長の画面を効果的に使った田園風景を捉え、ラストで、愛人の大川を見送りに行かずに一人田んぼで耕運機を動かす八重のショットでエンディングとなる。時の流れの中で人々が少しずつ変わっていく一時期を捉えたドラマとしてなかなか見ごたえにある一本でした。

女の一生
大正、昭和と生きた一人の女医の波乱の半生を描いた文芸大作です。袴をはいてテニスをしている女学生時代の主人公允子のシーンから始まるこの映画、本当にこういう時代の先端を走る知的な女性を演じると淡島千景は本当によく映えますね。

医学性である允子は友人弓子に恋人昌二郎を取られ、やがて教師公荘(上原謙)と不倫し妊娠してしまう。やがて公荘の本妻が病死し、公荘と結婚する。
息子允男がやがて学生になり左翼運動にはまり警察沙汰になってしまう。第二次大戦へとなだれ込んでいく昭和の初期、置き手紙を残して允男は失踪。公荘も病気で亡くなり一人残った允子が戦時下へとすすみゆく日本の姿を窓の外に見ながら、本を読んでいる姿でエンディングになります。

作品全体に隙間のない作り方であり、水木洋子の脚本故か時折社会問題に対するメッセージがかいま見られたりして、全体が非常に重い。一人の女性の人生の物語であるにも関わらず、終盤の左翼運動だけでなく人工堕胎に対するメッセージなども含め社会性のある含みが作品全体を妙に沈んだムードに引き込みます。

女学生時代から、誰もが経験する恋の物語、教師への憧れ、不倫、妊娠、さらに医師として女性として職業を持ちながらも生活のためにともすると法を犯す寸前の行動にも走る。しかし、やがて家庭を持ち、子供も育ち、幸せに終えるかと思いきやさらに親としての苦難が降りかかってくる。しかし、その後にたどり着くのは、短いようで長かった人生の物語に浸る瞬間であるかのようでもあります。

重厚な中にしっかりとした語り口で描かれた人間ドラマとしてはなかなか見ごたえのある一本でしたが、やはり3時間を越えると疲れるないようでした。