くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「螢火」

螢火

日本映画美しさの極みを堪能できました。これはさすが、すばらしい名編。原作である織田作之助の夫婦の機微が見事に描ききられ、美術セットの美しさ、カメラアングルの絶妙さ、物語のそれぞれのエピソードのバランスに見事さ、背後に流れる音楽とも擬音ともいえないお登によるリズムの創出、そして、微に入り細に入る繊細で叙情あふれる演出の妙味に終始息をのんでしまいました。

時代こそ違いますが豊田四郎の「夫婦善哉」と双璧をなす、いやそれ以上かもしれない傑作でした。

伏見の船着き場、水車が回るシーンから映画が始まります。その隙間からゆっくりと渡し船が船着き場にやってくる。船宿の手代たちがお客さんを案内するべく集まってくる。舞台は坂本竜馬が一時期逗留した寺田屋。そこに嫁いできた百姓娘のお登勢が主人公。店のことは妻任せの頼りない夫伊助と二人で切り盛りをしている。この日、薩摩の侍たちが逗留したということで、面倒になりたくないと京都まで小唄の稽古に行くと言い出す伊助を見送るお登勢

渡し場で見送ったお登勢は水面を見ていて、かつて自分が嫁いできた日を思い出す。舅に反対された婚礼のため、祝言の席にも舅は顔を出さない。一人寂しく座敷で待つお登勢。握っていた手を広げると一匹の蛍が、そしてゆっくりと庭に飛んでいく。もう、ゾクゾクするほど美しいシーンです。

時にカメラがやや下から俯瞰で奥の深い縦の構図をとらえたり、ゆっくりと移動したりしますが、移動した先のショットさえもまるで計算され尽くされたかのように調度品が配置され、きちっと完成された構図の中に人物が配置される。ここまで隙がなく描かれると、ワンカットも見逃せないし、ほんの些細なシーンまで記憶に残しておきたくなる。

細い路地を真正面からとらえるシーン。脇から滴り落ちる水の場面。水面の光がゆらゆらと反射して人物を照らすショット、障子に映る影。日本の景色はこんなにも美しかったのかと改めてうっとりしてしまいました。

嫁いでまもなく、ならず者の五十吉による詐欺まがいのいちゃもんのエピソードで一気に物語に観客を引き込んでしまう。義妹のお定の娘を我が子のように育てるも、お定につれて行かれ、たまたま寺田屋で引き取ることになっていたお良をかわいがるようになるお登勢

やがて、時はたちお良も年頃に。伊助には妾がいるらしいと耳にする中、一人の浪人坂本竜馬が逗留する。竜馬にほのかな恋心を持つお登勢の姿を丁寧に描きながら、物語は一方で幕末の不穏な雰囲気を帯びてくる。

一方でお登勢のところに伊助の妾お貝がやってくる。子供がいるといわたお登勢は自分が身を引きますと答え金を渡す。凛とした、それでいて悲しげな女心を演じる淡島千景の見事な演技が光るシーンです。

風が激しい夜、役人が竜馬をとらえに寺田屋へやってくる。その前後、お良と竜馬の恋を打ち明けられたお登勢が彼らを逃がしてやる下りは実にスリリングであるが、木材のおかれた船着き場で二人を見送るお登勢のシーン、俯瞰で三人をとらえるダイナミックなカメラアングルであるが、木材に写る人の影の動きがこれもまた美しい。

すべてが終わると、伊助がいつの間にか戻ってくる。坂本竜馬の部屋をせっせと掃除をしている伊助。実はお貝はお登勢の対応に感心し、自ら身を引いたとのこと。子供のことも嘘であったと語り、戻るところはここしかないとこたつに入る伊助が実に愛らしい。このあたり「夫婦善哉」同様、織田作之助の世界で、ほっと安心する展開でうれしくなってしまいました。

そして後日、坂本竜馬暗殺の知らせ。伊助とお登勢も普通の夫婦に収まり、この日も船着き場に船が着く。お客を迎えにでていくお登勢。客を呼ぶお登勢のアップ、ファーストシーン同様の水車のカットでエンディング。もう、ここまでくるとこれ以上はないというほどに完成されている。

何度も書きますが、すべてが美しすぎる。これこそが日本映画の美です。しかもスタンダードなのに画面が非常に大きく見える。縦に深い構図を多用しているということもありますが、ものの配置と人物の配置が本当にバランスがいいのです。その上、音楽の効果が画面にリズムを生み出してストーリーを運んでいくのだから、これはもう名作とはこういうものだとたたきつけられたようなものですね。本当にすばらしかった。こんな映画を見たら後はしばらくなにもみれないので、この日は梯子の予定をやめてしまいました。