「あなたへ」
久しぶりの降旗康夫監督作品、ということだけで見に行った。たぶんこんな映画だろうという予想通りの作品でそれ以上でも以下でもなかった。いやそれよりもうちょっと胸に迫る物があるかと思ったが今一つ感じる物がない。そこが何とも残念な一本でした。
ストーリーテリングのリズムが悪いのか脚本が弱いのか、高倉健の存在感を生かした映像に全くなっていない。悪くいうと高倉健の弱点であるせりふ回しの弱さが全面的に前にでてしまった。つまりしゃべらせすぎ。高倉健の俳優としての偉大さは無口にたっているだけで画面にムードを作り出し、圧倒的な情感を生み出すことができることだ。だから、高齢になった今日まで重宝されるのだが、せりふのうまさや動きによる演技力は私個人的にはあまり高い評価をしていない。若き日のやくざ映画のようにやたらすごんでわめいているのならいいのだが、うちにこもって感情いっぱいに演じるのは苦手なのだ。その意味でせっかく深みのある抒情豊かな作品になるところを薄っぺらなロードムービーに仕上げてしまった。
降旗康夫監督はもっと映像のリズムを心得ている人だったが、ちょっと今回は腕がなまったか。クライマックスの長崎の漁師町のシーンは唯一見応えのあるショットだったがそこまでのロードムービーで、安っぽくビートたけしのキャラクターを登場させたり草薙剛の弁当売りの人物を登場させるのはいかにもなのだ。もちろん、草薙の登場は佐藤浩市の人物を出すために必要なのだが、父三国連太郎と違って佐藤浩市にカリスマ的な迫力がないためによけいにこのロードムービーの場面がだらけてしまった気がします。
そして散骨の船を出す無骨な老漁師は誰かと思えば玄関を開ける前から大滝秀治が座っているに違いないと見えてくるあたり、現代の俳優陣の層の薄さがはっきりでているのも残念。
高倉健、降旗康夫とくれば出たい俳優がたくさんいるのか、出して顔を売る事務所の算段かやたらちょい役で俳優がでてくるあたりもちょっと面白味がなさすぎる。
全体に淡々と平凡で、時折写す在りし妻とのフラッシュバックもありきたりで、さらに絵手紙でかたる妻のミステリアスなメッセージも作品を形作っていない。
それなりのレベルの映画を期待しただけにちょっと残念な感想になってしまいました。
「凍える牙」
直木賞をとった乃南アサのベストセラーの映画化で、なんと韓国映画、しかも大好きなソン・ガンホがでているので見に行きました。
単純におもしろい。まぁ映像のレベルはスペシャルドラマの優れた作品という程度で、特に映画としての秀逸さはみられませんが、ミステリーのおもしろさ、原作の持つ犬と人間の心の描写などは通常レベルで見事に映像として完成されています。
特にプルサンという名で登場する狼犬のショットはすばらしいし躍動感と動物的な映像がダイナミックでいいのです。
ただ、せっかくのソン・ガンホのキャラクターが今一つ引き立っていないし主人公の女刑事ウニョン役のイ・ナヨンに今一つ迫力がないのが残念ですが、唯一の花ということで作品に彩りを与えているのは成功であったかもしれません。
この原作は日本ではテレビドラマとして二度映像になっていますが、物語の動線の広がり方といい、ドラマ性の奥の深さといい映画向きの物語ではないかと思います。
日本の物語なので韓国を舞台にすると、やはり警察の脆弱さや稚拙な人間争いが物語を薄っぺらくしてしまったのがちょっと残念ですが、それでも十分に楽しめる娯楽ミステリーに仕上がっていたと思います。
