くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「鉄路の男」「エロイカ」「夜行列車」

鉄路の男

「鉄路の男」
5本の作品を残しわずか40歳でなくなったポーランドの映画監督アンジェイ・ムンクの未公開作を見る。

物語の構成はまさに黒澤明の「羅生門」である。一人の機関士オジェシェンコという男が汽車に引かれて死んでしまうシーンから映画が始まる。

タイトルは汽車が延々と走るのを下から俯瞰で撮影するシーン、それに続く夜の疾走する汽車のシーンとまるで生き物のごとくとらえる重厚なショットが目を引く。

ジェシェンコが死んだが、信号塔が一つはずされていた。なぜ彼は死んだのか、なぜ信号塔がはずされているのか、もし彼がいなかったら汽車は疾走したままで脱線していたらしいという事実を知り、鉄道会社の幹部が従業員からオジェシェンコの人柄、事件の真相に迫っていく。

クローズアップを繰り返す質問シーン、機関車の操作場や駅のシーンの丁寧なカットが非常にしっかりとカメラ映像でサスペンスを盛り上げてくる。

果たしてオジェシャンコの人柄はどうだったのか?その謎は脱線する列車を止めるために自ら身を挺したのだろうという推測の結論で映画は終わる。いわゆる良質のサスペンスで、その背後にポーランドらしい社会主義的な背景も見え隠れする。アメリカ映画やドイツ映画のこの手のサスペンスとほんのわずかに違うムードが漂う理由はそこにある。

とはいえ、丁寧な演出とフィックスでとらえるカメラが正当派サスペンスの秀作としてこの映画をしあげていることは確かである。なかなかの佳作だった気がします。


エロイカ
アンジェイ・ムンク作品の中では有名な一本で二部構成で描かれる物語である。

前半はワルシャワ蜂起軍の内実をややコミカルな中に辛辣なユーモアをまじえてえがく。後半はドイツの収容所に入ったポーランド将校たちの平和な生活を描くが、時にドキッとするほどの現実と冷酷さが見え隠れする物語である。

いずれも時代背景は第二次大戦なので知識がないわけではないが、やはりヨーロッパ戦線のそれというのは日本人には異質なものがあり、前半のハンガリーポーランド、ドイツの関係や後半の平穏とした収容所内の姿などはどこか取っつきにくい。特に後半は誰を中心に物語を追いかけるべきかわかりづらく、ちょっと方向が見えない物語でした。

いずれにせよ、アンジェイ・ムンクの視点は実に知的でシリアスな中にクールな一面を兼ね備えていて、感情が入る余地が少ない。この作品に見え隠れするのは戦争への痛烈な冷たい目なのだろうか。

第二部のラストでロボットのように決められた円を回る将校たちの姿を俯瞰でとらえてのエンディングはぞくっとするものがある。

そうした意味で、やや他国の映画ファンにとっては入りにくい面があることも確かだったのかもしれないが、その演出の手腕は独特で見事なものがあることも確か。わずか5本だけというのは全く残念な映画作家といえると思います。


「夜行列車」
若い頃に見たイエジー・カヴァレロヴィッチ監督の代表作である。30数年ぶりに見直したが、こんなにすばらしい映画だったとは今更ながら驚いてしまいました。学生時代に見たときはさすがにまだこういう映画を理解できる鑑賞眼はなかったようです。もう、冒頭のタイトルシーンからラストシーンまで釘付けになってしまいました。

物語を絵で語る映画というものがこれほどすばらしいものかと唖然としてしまった。これが映像表現なのだと思います。

雑踏を上からとらえるタイトルバックから列車の屋根を俯瞰でとらえ、それぞれの登場人物が列車に乗り込んでいく。狭い廊下を縫うようにダイナミックに動くカメラワーク、個室の中の限られた空間で人物をとらえるショット。そんな中でさりげないせりふやカットの中に居合わせた人物の過去をミステリアスに描写していく。

中心になる物語は一人の医師らしい男性と、男性席に切符を持っていて無理やり乗り込んだ女性マルタの物語である。二人の間には絡まるようで絡まない恋愛感情が芽生えているようでもあるが、それは最後まで、いや最後の最後で無に帰してしまう。

マルタを追ってくる若者、この二人の近くに乗っている様々な人物の入り乱れるドラマが本当に些細な言葉のやりとりと甘ったるい声の音楽で語られていく。まるで画面から映画の雰囲気がにじみ出てくるような恐ろしいほどの迫力。細やかなカットに見せる計算され尽くされたのか監督の才能がなせるものかと思わせる緻密な映像による言葉の数々、そしてそんなカットの積み重ねが奏でていく物語のリズムに酔いしれてしまうのです。

列車の中に殺人犯が紛れていて、その犯人を乗客たちが捕まえ、列車は終点へ近づく。このままマルタと男性は一緒になるのか別れてしまうのか?この男性の過去になにがあったのか?それがさりげないせりふで締めくくられ、マルタのかすかなこの男性へのプラトニックな恋も「妻が待っている」という男のせりふで締めくくられる。一人、浜辺を歩くマルタ、寝過ごした乗客を降ろした後、誰もいなくなった列車をカメラは縫うように横に移動していく。何ともいえないラストシーンにうっとりとしてしまいます。

映画史に残る名作とかいう陳腐な言葉で言い尽くせない本物の映像表現としての映画に出会えた瞬間でした。すばらしい。