くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「夜の河」「なみだ川」「菖蒲」

夜の河

「夜の河」
どんどん画面に引き込まれてしまう。紛れもない名作である。
川の流れをバックにまっ黄色なタイトルが現れる。この黄色はこの物語の主人公舟木きわが心を寄せる大学の先生竹村の象徴として画面では菊の黄色などとなって基調色で何度も登場する。一方、物語の最初真っ赤な染め物をするきわのシーンから映画が始まるように、前半はきわの基調色は赤である。

ところがクライマックス、竹村と別れる決心をしたきわは真っ青な染め物をしている。画面の基調色もグリーンからブルーとなり寒色となる。ただ、エンディングできわの背後に真っ赤な染め物が並んでいる。このショットも実にすばらしい。

さて、さらに目を引くのがきわが身につけている着物が次々と変わるがどれも驚くほどに品がよい上にそれを基調にした背後の美術のこだわりようである。しかも手にするバッグにさえも品の良さを伺わせる。

監督は名匠吉村公三郎、カメラ宮川一夫のコンビで描く文芸巨編である。

物語は京都の老舗の染め物屋の娘きわを主人公に、大阪大学の先生竹村との恋物語を描きながら、男と女のドラマが展開する。きわを尊敬する美大の岡本の存在も物語に深みを生み出していく。

着物のデザインのために神社を巡っていたきわはある日娘を連れて見物にきていた竹村と出会う。きわの染めたネクタイをしていたことがきっかけで親しくなり次第にお互いに心を引かれていく。

初めて一夜をともにするシーンで電気を消した部屋が外の明かりで真っ赤に染まるショットは激情的であると同時に妖艶な美しさが漂う。そして物語は後半へと流れていくのだ。

竹村には病気の妻がいて、その妻が死を迎えたことできわは竹村と別れる決心をする。まれで決別を象徴するようにメーデーの真っ赤な旗を見送るラストシーンがすばらしい。

画面の所々に挿入される黄色や赤の原色のワンポイントは宮川一夫ならではの構図。それを引き立てるようにきわのきものの柄が際だち、物語が時にバストショットで時に遠景でとらえる吉村公三郎の演出が映像にリズムを生み出していく。

色彩に語らせるがごとく進む劇的な男と女の物語は悲しい結末でもあるのかもしれないが、これもすべてがハッピーエンドへと流れる出発点になったのではないかとさえ思われてしまう。所詮、男にとって決断できないふがいなさをきわの気丈な一言が締めくくるクライマックスは見事。

名作とはこういう映画をいうのだろう。全色盲でもある吉村公三郎のカラーデビュー作ということでの色彩へのこだわりが息を飲む名編であった。


「なみだ川」
山本周五郎原作であるが、映画としての人情物語の傑作でした。もう、クライマックスは自然となみだがあふれて泣いてしまいました。

物語はちょっと天然の姉おしずと素直でまじめな妹おたかの物語。父はかんざしの職人ですが、寄る年波で仕事もままならず姉妹が生計を助けている。妹には好きな男性がいて、その人と添い遂げられるように姉が心骨をそそぐ。ただ、この姉、ちょっと世間知らずでとぼけている。そのキャラクターが見えてくるとこの映画に俄然動きがでてくる。

姉が密かに慕うのがまた女好きの貞二郎。けなげなほどに思いを寄せるが当然貞二郎はこの姉にはぜんぜん気がない。冒頭のシーンで貞二郎がきていることを知らずどたばたする姉のシーンが何ともコミカルなのである。

ここに出来の悪い兄栄二が登場。この兄を遠ざけるために姉が四苦八苦する。一方妹は姉の適当な嘘を見破って貞二郎に姉に言い寄るように進めるが、姉の純粋さにほだされて貞二郎はつい姉おしずを抱いてしまう。この貞二郎がおしずに曳かれるシーンもまた画面に引き込まれるのである。

それにからめて妹の祝言の日が迫る。せっかく縁を切った兄栄二が妹の結納の日に金の無心にやってくる。あらかじめ覚悟を決めていたおしずが短刀で迫る。そんなおしずの姿に栄二も心を決めて去っていく。そこに居合わせた貞二郎も正式におしずに婿になることを告げてハッピーエンドなのだが、とにかく姉と妹の軽いテンポのだましあいが実におもしろい。終盤でいとも簡単に嘘がそれぞれにばれそうになって、それが良い方に向かっていくといつの間にか胸が熱くなっているのである。

監督は三隅研次なので、画面づくりに凝る演出が見られるかと思ったが今回はしっかりとした人情ドラマとして見事に仕上げている。最初に見た「夜の河」が映像で見せる映画だったので、最初は入りづらかったが、いつの間にかこの映画のおもしろさにはまりこんでしまいました。本当にいい映画を見ました。


「菖蒲」
映画が始まる前にテロップがでる。この映画は「菖蒲」という短編の物語と主演のクリスティーナ・ヤンダのモノローグ、映画の撮影シーンからなる。

透き通った水の流れの水面下がバックにとらえられてタイトルが始まる。そして、ハッと驚いたようにクリスティーナ・ヤンダがベッドで目を覚ます。そして語り始める。自分の夫がガンで余命わずかという時期に舞台に立つことになったこと。アンジェイ・ワイダの作品をとることになったこと。そして、画面はワイダが「菖蒲」を撮影するシーンへ。それからテイクワンの声とともに物語が始まる。

「菖蒲」の主人公のマルタが医師で夫の診察を受けている。どうやら彼女の余命はいくばくもなくこの夏を越えられるかどうかわからないということを妻の友人に語る。

波止場でマルタと友人が飲み物を飲んでいるところで一人の青年ボグジに出会う。マルタには若くして死んだ息子がいるようで、マルタはその青年ボグジに息子を見た。マルタの家には子供たちの部屋を残してある。そこにはいると息子の幻影が見えるショットが実に美しい。

マルタはボグジを家に招き、こんど菖蒲を取りに行くのに一緒に泳いでくれることを頼む。ボグジには恋人がいるがそれを見つめるマルタの視線からこのボグジにほのかな恋心を抱いているのも伺える。そして泳ぎにいくのだが、そこでふざけているときにボグジはマルタにキスをするのだ。そして、菖蒲を取りに行ったボグジは二度目に泳ぎにいったときになぜか突然おぼれてしまう。抱きすくめるマルタ。そしてエンディング。

「菖蒲」という物語に描かれる死の象徴としての菖蒲と純粋な恋を象徴するかのような美しい河のショット。そして死をテーマにした「菖蒲」の撮影に参加したクリスティーナの夫の死にたいするメッセージ、そしてそれを映像として描こうとしているアンジェイ・ワイダの姿。この三者を一つに融合させて映像作品として完成されている。死が菖蒲であり、生へのあこがれによる恋いを表す流れるはかない水であり、現実の生活である。その荘厳にさえも見える映像表現が実にピュアで美しい。どこがどうといえないが、スクリーン全体に広がるきらきらときらめく水しぶきや広がる緑の美しい景色が感覚的に私たちに伝えてくれるような気がします。

映画慣れしていない人には取っつきにくい映像表現かもしれませんが、非常に感性だけでまとめあげた秀作だった気がしました。いい映画でした。