くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜」

ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜

素朴な自然と、命の躍動感が映像詩という形になってスクリーンの中で踊っている。こういう映画が存在することが、そしてそれを見ることができたことが至福の喜びになるような映画でした。

手持ちカメラの揺れる画面が最初から最後まで、これと言った物語もないながら一人の少女の日常をとらえていきます。物語がないからといってドキュメンタリーではなくて、今にも水の中に沈んでしまう危うさの中で、今をそのまま生きていく人々の命の輝きを代弁するかのような主人公としてハッシュパピーという少女が描かれているのです。

映画が始まると、一人の少女ハッシュパピーが、様々な生き物の心臓の音を聞いている。南極の氷がこれ以上とけ出したら、今すんでいるバスタブ島は沈んでしまう。毎日がお祭りで、毎日がこの島で生きる人々の一生である。ハッシュパピーには父親がいるが、心臓が悪いようである。

ある日、いなくなった父親が数日して戻ってくるが、看護服のような服を着ている。ハッシュパピーの母親は、彼女を生んですぐにどこかへ泳いでいったのだという。戻ってきた父親にハッシュパピーがドンと胸を殴ると、苦しそうにその場に倒れる父。氷山がどーっと崩れるショットがかぶる。

やがて、嵐がやってくる予報が流れ、バスタブ島の人々は避難を始めるが、ハッシュパピーと父親、そして、この島を離れたくないわずかの人々は離れようとしない。嵐が止んで外にでると、ほとんどの地面が海に沈んでいる。水が引くまで生き延びないといけない現実が目の前に広がる。二週間もすると動物たちが次々と死んでいく。

そんな中、水の侵入を防いでいる近くの町の堤防を壊して一気に水を引くようにしようと父親が画策。このわずかな爆破シーンも、本当にさりげない映画の一ページとして描かれるのだ。この後、強制退去させるべくやってきた役人によって、残っていた人々は連れていかれるが、自分の家に戻りたいとハッシュパピー以下数人が脱走、家に戻る。

巨大なイノシシのような動物が大挙して押し寄せてくるが、ハッシュパピーは家族を守るためと敢然と目の前に立ちはだかる。目と目が会う。動物はゆっくりとターンして離れていく。やがて、父はハッシュパピーがもらってきたファーストフードをおいしいと言いながら、目を閉じる。ハッシュパピーが胸に耳を宛てるとドクンドクンという心臓の音がやがて止まる。こんな詩的なシーンがかつてあったかと思えるような不思議なショットである。しかも、カメラはほとんど手持ちなのだから、その微妙な感覚がすばらしいのだ。

遺体を焼き、今にも沈みそうな地面を子供たちがこちらに走ってくる。カメラがぐーんと曳いていってエンディング。テーマ曲がかぶってエンドタイトルである。

ハッシュパピーの家は、木の上にバラックのように作った建物で、非常に危ういし、中も物が散らばっている。なぜか、ガスなども通じているのが不思議であるが、今にも自然の力に壊されそうな文明のはかなさを映し出しているようで何ともいえない胸の熱さを感じるのです。

音楽が美しいのですが、その曲を背景に躍動感あふれる映像が映され、自然の巨大すぎる力にどうしようもなくちっぽけな人間たちのけなげなくらいに必死な生き方がとにかくストレートに胸に迫るのです。

好み、好まざるというのはあるかもしれないけれど、素直な気持ちで大自然の大きさを感じてほしい一本でした。良い映画です。