くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「めまい」「有りがたうさん」「泣き濡れた春の女よ」

めまい

「めまい」
いうまでまでもなく、アルフレッド・ヒッチコック監督の代表作であり、私としては、彼の最高傑作ではないかと思われるすばらしい一本を、何年かぶりでスクリーンで見る機会があった。

モノクロの顔のオープンクレジットが、真っ赤に変わり、イラスト調の渦巻きが現れて、目のクローズアップに、そして、流れるバーナード・ハーマンの音楽となれば、もう、背筋が寒くなるほどわくわくする。これがヒッチコックオープニングである。

そして、物語は屋根の上を犯人を追っていく警官と主人公ジョンのシーンへ。一気に引き込むストーリーテリングの妙味を目の当たりにして、タイトルの意味する「めまい」の導入部へと流れていく。

ご存じのように、妻の殺害を隠蔽するために、愛人と画策した計画に、友人で、警察を退職したジョンを巻き込む。妻とうり二つの女性を作り、ジョンに、つけさせて、まんまと計画は成功するが、元の姿に戻ったマデリン(妻)を見かけたジョンは、執拗なまでに、彼女につきまとい、恋をしながら、マデリンと同じ姿をさせようとする。異常なまでの固執していくクライマックスから、ネックレスによる真相に気がつくラストシーンまで、どんどん引き込んでくれる。

前半部分は、ネクタイ、セーター、ジョンの家の玄関扉、マデリンが飛び込む背景の橋などなど、赤というか、朱色をふんだんに画面にちりばめた映像づくり、後半は、ブルーを基調にした映像づくりと、ヒッチコックのこだわりぶりも徹底され、ビスタビジョンという、当時最高の色彩表現ができるカメラの性能を最大限に使った演出は見事である。

ショッキングなラストシーンは、今更いうまでもなく、この物語にして、このラストの驚愕と、切なさは、ヒッチコック映画の真骨頂、さすがに何度見ても傑作でした。


「有がたうさん」
川端康成原作、清水宏監督の傑作。という解説そのままに、すばらしい一本でした。

一大のボンネットバスが、峠を登ってくるところから映画が始まります。すれ違う人々、馬車、等々に通り過ぎるたびに「ありがとう、ありがとう」と心地よい声で挨拶をする運転手。そんな彼を人は「有りがたうさん」と呼んでいる。

そんなロゴで始まるこの映画、ただ、峠の奥の村から、これから東京へ奉公に出される少女とその母をのせ、この二人を中心に、気の強い女、髭の男などなどが入り交じったドラマをバスの中で展開する群像劇なのだが、実にシンプルな中に、見事なドラマを生み出していくのです。

軽快な音楽を背後に流し、すれ違いや、乗り降りをオーバーラップでハイテンポにつなぎ、ところどころに、乗りあった人々の何気ないドラマを挿入し、時に笑いを、時に風刺を交える。

途中で会う人に、気軽に頼みごとをされる、有りがたうさんの受け答えも実に心地よい。曲がりくねった峠の道を走り抜けていくバスのカットもすがすがしく、周りの景色や、道行く様々な職業の人々、さらには、朝鮮から道路工事に来ている人々とのさりげない会話等々に、当時の風情のみならず、時代の姿を見事に浮き彫りにしていきます。

一人また一人と人がおり、終点が近づくと、気の強い女が、有りがたうさんに「あんたがためた、バスを買うお金で、この少女が東京へ行かなくてすむよ」と一言耳打ちして降りてしまう。

翌日、再び峠に向かうバスの中に、東京に行くはずだった少女が乗っている。

ほんのりと、胸の中に染み渡るような人情ドラマのエンディングに、作品の奥の深い味わいを見せてくれる。ジョン・フォードの「駅馬車」を思わせるような、みごとなロードムービーの傑作でした。


「泣き濡れた春の女よ」
清水宏監督初のトーキー映画。
北海道の炭坑へ働きに来た労働者たちと、バーの女たちとの恋愛ドラマで、これというほどの出来映えではないように思えるし、ありきたりといえなくもない展開である。

北海道へ向かう連絡船から映画が始まる。甲板で、気っぷの良さそうな男とひょうきんな相棒の男、そして、彼らと絡む女二人と、娘、さらに彼らの現場監督的な男が登場し、それぞれ、特に詳しい過去を語るわけでもなく、本編へ流れていく。

秀でたシーンも、演出も見られない、ある意味ふつうの映画で、戦前という製作環境を考えても、それほど取り立てるような作品には思えなかった。

しかし、貴重な作品であることにかわりはなく、その意味では一見の価値はあったと思う。