くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「あなただけ今晩は」「野のなななのか」

あなただけ今晩は

「あなただけ今晩は」
いうまでもない、ビリー・ワイルダー監督の名作の中の一本。もちろん、かなり以前に劇場で見た作品だが、ビリー・ワイルダー作品というのは、脚本がすばらしいために、何度見ても飽きることがない。

今回も、その見事なウィットの数々と、色あせないほどに書き込まれた台詞の数々、そして抜群の感性で演出された画面を楽しむことができました。

原題は「イルマ・ラ・ヂュース」(可愛いイルマ)であるが、何とも見事な日本語題名である。

映画は、娼婦であるイルマが、絶妙の手腕で客からお金を手に入れるシーンが、コミカルに描かれ、その合間合間にタイトルが繰り返すという絶妙の導入部から始まる。

そして、賄賂が横行する、古きアメリカの下町。そこへ一人のくそまじめな警官ネスターがやってくるが、赴任初日に、勝手にガサ入れ認め、署長ににらまれ首になる。

イルマのヒモである男をぶちのめしたために、すっかりこの町の英雄になり、イルマの恋人になるネスター。初めてイルマの部屋に行ったときに、カーテンもない窓ガラスのままで着替えをするイルマのために、新聞紙を張ってやる。ところがそこにあった丸い鏡にイルマの裸の後ろ姿が移るシーンは、全くすばらしい。

まじめなネスターは、毎晩客を取るイルマに耐えきれず、自らイギリス紳士X卿となり、毎晩イルマと過ごす。
しかし、毎晩500フランという大金を稼ぐために夜中に仕事をし、そんな不自然な生活がイルマに疑念を生み出しと、あまりにも練られたプロットの組立のおもしろさに圧倒される。

終盤は、かなり無理の入った展開で締めくくるものの、絶妙の笑いと、現実とは思えないファンタジックなクライマックスには、映画というものを知り尽くしたスタッフたちの力量が伺える。名作として残すべき一本と呼べる名作ですね。


野のなななのか
三時間近くある作品なので、かなり気負い込んで見始めたが、何のことはない、冒頭から引き込まれてしまいました。

なんといっても、映像がものすごく美しい。自然の景色にこだわった一瞬をとらえたカット、北海道芦別市の姿を背景にした幻想的な映像。そして、細かいカットバックと台詞の応酬を繰り返す、小気味良い演出のみならず、ゆっくりと入り込んでいくようなカメラワークも見事な映画でした。

映画が始まると、薄暗い森をバックに、楽器を演奏する人々のシーン。そして、カットが変わると。看護士をしている鈴木カンナが家に帰ってくる。カメラが引くと、真っ赤なランプの傘。この作品は、その色彩の基調に、随所に赤のイメージが出てくる。

二人暮らしの祖父の声が家の中に響く。カメラは祖父光男を探すカンナの視点で、廊下を奥に進む。響く声。どこかホラー映画のようなカメラワーク。部屋いう部屋を次々と開け、たどり着いたのは祖父のアトリエ。一瞬、絵を描いている光男の姿の後、籐のいすに横たわる祖父。

救急車を呼び病院へ搬送。子供たちが集まってくるが、まもなく、光男は死んでしまう。病室に最後のやってきたのは鈴木信子。しかし、信子はかつて、カンナが少女時代に、光男のそばにいた看護士である。なぜ?

映像は、細かいカットで、鈴木光男がベッドでつぶやくシーンや、過去を繰り返し挿入していく。

物語はこの鈴木光男が死んで、なななのか、つまり四十九日までの時間を描き、そこに、光男の子供たち、孫たちを交えて、光男の青春時代、恋、愛、戦争の惨禍、ソ連の侵攻の悲劇などが語られていく。そこには、あざといようなメッセージは全面に出てくるわけもなく、余りに無邪気な視点で描く過去の物語である。

光男の若き日、密かに愛した綾野の悲哀。その後、うり二つとしてやってきた信子との同人二人の日々。中原中也の詩。現代的な孫、かさねの自由奔放で明るい姿等々、様々な世代の、様々な人生を、それほど掘り下げるわけでもなく、あくまで鈴木光男の生涯を何度も繰り返しながら描いていく。

津々と雪が降る場面、真っ赤に見せる夕日、山々の美しい姿、古い病院のレトロな出で立ちなど、隙がないほどに画面が美しいし、舞台劇のような細かい繰り返しで、カットと台詞をつなぐ画面演出のリズム感にすっかりとけ込んでしまうのです。

鈴木光男が描いていた絵の本当の姿、最後に四十九日が終わり、それぞれがそれぞれの未来へとすすみ始める。光男も信子と一緒にゆっくりと旅立っていく。何度も挿入される冒頭の音楽隊のシーンは、まさしく天国への誘いの調べなのでしょうか?

作品全体が、夢のような映像で統一されて、現実から一歩離れた宗教的な美しささえ感じてしまう映像作品で、本当に、すばらしいと呼べる一本だった。さすがに大林宣彦の映像感覚、音楽センスはすばらしいと思います。