くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「青天の霹靂」「デンジャラス・バディ」

青天の霹靂

「青天の霹靂」
非常にコンパクトにまとめられた人情物語の佳作という感じの、軽いけれども、見て損のない、すてきな映画でした。

シンプルなストーリーに、妙な理屈を放り込まず、どん底の状況の中の主人公晴夫が過去にタイムスリップし、自分の両親と出会い、そして希望を取り戻して戻ってくるという物語に、普通の人間的な感動を盛り込んだのが成功だったと思います。

映画は、バーのカウンターでテーブルマジックをする主人公の晴夫のシーンに始まる。すでに20年近くマジックをしているが、芽が出ず、後輩に追い抜かれ、屈辱の日々が描かれる。若干、この導入部が弱いために間延びして見えるのと、あまり差し迫ったように見えないのは残念だが、ある日、ホームレスの父親が死んだという知らせで、遺骨を受け取り、父が住んでいた橋の下で、自分の子供時代の写真を見つけたとたんに、稲妻が走り、晴夫は1973年にタイムスリップ。

タイムスリップしてからのカメラワークが、非常に小刻みなカットをつなぎあわせ、スピーディな展開に変わるので、ここから映動き出す。しかも、時折、ゆっくりとクレーンを使った映像も、リズム感を生み出していく。

父の太郎と舞台に立ち、スプーン曲げのマジックやら出で、人気がでてきた矢先、母である悦子の妊娠が、胎盤剥離という病気だとしる。

自暴自棄になった父は晴夫とのコンビを去り、一人ラブホテルのバイトへ。母は家を出たと思っていた晴夫だが、実は母親は、自分を生んで死んだのだという真実を知り、物語はクライマックスへ。

ステージで華やかにマジックをする晴夫と、出産シーンを交互に見せるクライマックス、派手な舞台シーンをCGを多用して描き、対する分娩シーンを昔ながらの映像でつづる。

そして出産、晴夫は現代へ戻り、実は、死んだのは父ではなくて別のホームレスだったと知らせが届いて暗転。

たわいない物語だが、コンパクトである。このまとめ方がとにかくうまい。劇団ひとりの才能といえなくもないかもしれません。


「デンジャラス・バディ」
う〜ん、かなりおもしろい・・はずなのだが、どこかすべりまくっている。
機関銃のように飛び出すスラングの数々と、はちゃめちゃで理性など吹っ飛んだような警官の行動が、とにかく、あれよあれよという展開で、麻薬捜査の物語として進んでいく。

冒頭、FBI捜査官アッシュバーンが、いとも鮮やかに麻薬の隠し場所言い当て、麻薬犬をたじたじとさせるファーストシーンはなかなか。ハイテンポなタイトルバックに続くこのシーンは実になかなかなのだが、この後、地元警官のはちゃめちゃ警官マリンズと組んでからの本筋の展開が、なんとも、すべるのだ。

マリンズが、行動は破天荒だが、なかなかの切れ者という描写が前面にでてくると、とたんにアッシュバーンが三枚目に下がる。この矛盾したキャラクターの描き方がちぐはぐである。

せっかくの、猫や犬のコミカルな伏線も、ほとんど、笑いにつながらず、マリンズのやりたい放題に、くそまじめにつっこむアッシュバーンの掛け合いも、これもちぐはぐでかみ合っていない。

途中から、なにやら麻薬捜査の話であるとわかってくるが、それまでのテンポの悪い編集で、肝心のストーリーテリングがかすんでしまって、生きてこないのである。

結局、実は麻薬捜査官の一人が陰の黒幕だった、という最後の真相に至るサスペンスが、せっかくのどんでん返しとして効果を生んでないのが、実に残念。

エピローグの猫のエピソードも、全体のエピソードの組立のバランスが悪いためか、思いの外滑っている。笑いのシーンもないわけではないのに、本当に、才能のない監督が演出をした作品の典型のような出来映えになってしまった。サンドラ・ブロックもぜんぜん良くない。アメリカ映画で、ここまで出来の悪いのも珍しいという一本だった。