くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「わが青春に悔いなし」「ジェラシー」「ドライブイン蒲生」

kurawan2014-10-29

「わが青春に悔いなし」
黒澤明監督作品はすべてスクリーンでみているが、その30本の中でもっとも好きな映画がこの作品である。

「かえりみて悔いのない生活」というつぶやきをラストシーンに、もってきた反戦社会派ドラマであるが、娯楽映画の巨匠として確固たる地位のある黒澤明の本来の姿がここにある気がするのです。私は、黒澤明は社会派の監督だと信じて疑わないからである。

今回、相当な期間をあいて久しぶりに見直したが、これほど緻密にしっかり作られた傑作だったというのは、改めて認識することになりました。

クライマックスは、泥の田圃の中で田植えをする原節子のシーンかと思っていたが、その後、さらに京都に戻り、冒頭の吉田山のシーンと同じシーンを描き、再び野毛の家に戻るべくトラックに乗せてもらって、去っていくシーンがエンディングだった。

ほとんど無駄のないプロットが、徹底的に組み合わされ、冒頭の吉田山のハイキングシーンから、ラストのトラックが走り去るまでを緻密すぎる展開で描くこの作品は、普通なら、野毛と糸川の正反対の立場と生き方をする二人に揺れ動く幸枝の姿になるところを、最初から徹底的に野毛に心酔していく幸枝の物語として描くのは、まさに男の黒澤の世界だと思う。

幸枝というヒロインの中に、男のような芯を描いた黒澤明の手腕は、その制作された1946年という年代をみると、驚くほどの物語だと思える。その意味も含め私は、一番顕著に黒澤映画を象徴しているということでこの映画が好きなのです。


「ジェラシー」(フィリップ・ガレル監督作品)
モノクロームで淡々と繰り返される男と女の物語、わずか77分の作品であるが、何度も睡魔におそわれてきて、やたら長く感じた。

監督はフィリップ・ガレル、それなりに期待もした一本だったが、一瞬、場面を見逃すと女性の見分けがつかなくなってしまった。

物語は舞台俳優のルイのお話。愛する娘と離れ、新しい恋人クローディアと暮らしている。ルイとクローディアの物語、ルイと娘の無邪気なシーン、さらに別の女性とルイとのシーンなど、次々と新しい恋愛が起こり始めては消えていくエピソードがモノクロームで描かれる。

公園で戯れ、映画館に入り、路上で会話をする。余りにさりげないシーンの連続と、人物名がそれぞれ繰り返されないために、娘の母親は誰だったのかとさえ思ってしまう。

結局、貧しい生活への不満と、ルイへの嫉妬の中、クラウディアは部屋を出ていき、ルイはピストルで自分を撃つが、助かったようで病院のシーンになる。傍らにいる女性は?

公園で新しい恋に入っていくルイのシーンで暗転。

こういう解釈で正しいのだろうか?余りに平坦な散文詩のような恋愛映画に、さすがに、体調が不十分だと、耐えきれなかったというのが正直なところである。


ドライブイン蒲生
だらだらした脚本と、だらだらした演出、そしてだらだらしたストーリー展開に辟易する一本だった。

原作があるので、解説を読んでみたが、そこに書かれた物語など映画からは全く見えてこない。ただ、登場人物がゴロゴロだらだらしているシーンしか印象に残らないのである。

現在と回想のシーンのバランスも悪いために、中心のストーリーが見えないことが原因だろうか。監督は名カメラマンと言われているたむらまさきという人で、75歳にして初監督という触れ込みだが、死に土産に映画を撮ったという感じの出来栄え。

ドライブイン蒲生という舞台の空気も、そこの家族の人物像も全く見えない。これではいけない。
どうやらサキというお姉ちゃんの離婚話が中心らしいが、弟のトシとのバランスも悪く、父親のヤクザまがいの存在感も弱い。

どれもこれも、まとまりも締まりもないだらけた一本だった。