「バードピープル」
非常に長く感じる映画、確かに面白い作品なのだが、作品がオムニバスのごとく見えるために、時に、しんどいほど長く見える瞬間がある。監督はパスカル・フェラン。
映画は一人女性オドレーが、バイト先であるド・ゴール空港に向かうバスの中に始まる。乗っている人々の様々な描写が、なかなか面白い。呟く人、大声で電話をする人、心の中で語る人、そういう表現を手を替え品を替え人物像として描いていく。こういう描写は初めて見た気がします。
ここに、ビジネスマンでパリ・ド・ゴール空港のホテルにやってきた一人の男ゲイリーがいる。パリの仕事を終え、明日はドバイ空港へ飛ばなければいけないのだが、その前夜、深夜に苦しくなって目覚め、空気を吸うために玄関へ出る。そして、次の朝、乗るはずの飛行機を見送り、電話で辞表を出し、スカイプで妻に離婚を告げる。妻との会話シーンがやたら長く、妻の背後に映る窓辺に一羽のスズメが停まっていて、思わず視線を凝らすゲイリー。自分はスズメのごとく鳥になるという描写だが、いかにも長い。
オドレーは、この日も、部屋のベッドメイキングに追われている。さらに、上司から一時間の残業を言い渡され、うんざりする中、突然、停電。思わず屋上に出ると、そこからド・ゴール空港が見渡せる。そして、気がつくと、自分はスズメになっていた。
オドレーは、早速スズメになり、様々なところを飛び回り始める。ホテルマンのふとした会話を聞き、とある日本人の部屋で、自分を絵に描いてもらい、空港ではつらつとしているゲイリーを見つける。そして、やがて夜が明け、屋上に倒れているオドレーをあの日本人が見つけ、ホテル内へ。
オドレーは、仕事部屋に戻るためにエレベーターに乗るが、そこで旅立つゲイリーと出会い、お互いに自己紹介して別れエンディング。
という、話は実にシンプルだし、スズメになってからのオドレーの物語は、ファンタジックである。しかし、ゲイリーの下りは非常に純長に感じられるし、続くオドレーのエピソードの日本人が、今ひとつ、生きてこない。鳥になるという、一瞬で視線を変えるなんてこんなに簡単よ、そして、視線を変えればまた別のものが見えてくる。という監督のメッセージが、もう一つ見えてこない。本当に面白い作品なのに、もう一つ、拍手できないのがそこじゃないかと思います。しかし、このオリジナルな感性は面白かった。
「カプチーノはお熱いうちに」
これはめちゃくちゃ良かった。ここ数年のうちのベストかもしれません。少なくとも、今この瞬間には完全にはまっています。もう、エンドクレジットで涙が止まりませんでした。カメラがものすごくいいのですが、さらに加えて、脚本、特に台詞の一つ一つが驚くほど素晴らしいのです。何気ない繰り返しのフレーズ、挟み込まれるさりげない一言が、胸に突き刺さるほどストーリーを盛り上げるのです。監督は「あしたのパスタはアルデンテ」のフェルザン・オズぺテクです。
石畳を激しい雨が打っている。カメラはその場面を地を這うようにゆっくりと捉える。そこにタイトルがかぶっていく。そして、ゆっくりとバス停で雨宿りする人々のカットへ。ぎゅうぎゅうの場所にさらに人が飛び込んできて、罵声がおこり、それを諌める一人の女性、主人公のエレナ。さらに、悪態を吐く年寄りのセリフにかぶって、下品な言葉で罵る男、アントニオ。バスが来て、前半分乗り、エレナとアントニオがにらみ合い、アントニオは雨の中へ。素晴らしいオープニングから映画が幕を開けます。
オープニングからすっかり引き込まれるのですが、この後も、細かいセリフとカットバックによる人物紹介、長回しによる場面描写が実にみごとで、全く緩むことなく、散りばめられたユーモアと辛辣なブラックコメディの中、しっかりとぶれないラブストーリーが展開します。
最悪の出会いのエレナとアントニオですが、実はアントニアはエレナの勤めるカフェの同僚で親友のシルヴィアの彼氏、一方エレナにもジュルジュという彼氏がいる。カフェにはエレナの友達でゲイのファビオもいる。
エレナは母と暮らしているが、時々現れる叔母のカルメラはしょっちゅう主義を変えてはトラブルを起こす。それぞれがとってもいいキャラクターでストーリーを軽やかに運んでいくし、後半、暗い展開になっても、決して作品の明るさを衰えさせないのです。
エレナは、ことあるごとにアントニオを嫌うが、ある日、店に来たアントニオに、テーブルの注意書きを読ませ、それをしどろもどろしている姿に、つい「識字障害」と悪態をつく。しかし、それは事実だったことで、エレナは急速にアントニオに接近。一方、ファビオは、エレナと一緒に新しく独立開業の物件を提案している。
そして、13年が経つ。ここは13周年の記念パーティの会場。ファビオとエレナの店は大成功、エレナはアントニオと結婚していて、娘と息子がいる。しかし、夫婦の中はややギクシャク。よくある展開なのですが、娘が妙に冷めていておませなので笑わせてくれるし、息子は宇宙人しか興味がないというキャラクターもあってとにかくみごとなキャスト設定なのです。
ところが、ある日カルメラ叔母さんが乳がん検診に行くのに付き合わされたエレナは、一緒に受けた検査で、乳がんが発覚、しかも、初期ではないという診断で、一気に物語は、難病ものに変わるかと思えたが、ここからがすごい。次々と、コミカルなシーンを挿入し、アントニオも、献身的にエレナに尽くし始め、ファビオを含め、病室で同室の患者エグレが登場して、物語を軽やかに運んでいくのだからすごい。でも、娘がチラッとこぼす、母への思慕のセリフなど、時折思い切り泣かせてくれるのです。
病院では、かつてカフェ時代に通ってくれた医学生とも医者と患者として再開するという練りこまれたきゃくほんにもおどろかせるのですが、この後も病状がどんどん悪化。アントニオは病室でエレナとSEXをする。病院のベッドで、愛する夫婦が体を合わせることは、現実にはあってしかるべきなのに、今までどの映画も取り上げなかった気がします。この場面は泣きます。そして、それを知っていたエグレは、エレナに礼を言って、数日後、死んでしまいます。エレナは一人の抜け出して自宅へ。そこで周りの人々が、自分を除いて幸せに暮らす場面を幻想し、そこへ、アントニオが病院の電話を聞いて、エレナを見つける下へ。そして、車に乗せて病院に向かいますが、途中で、思い出の海岸へ行く。そこで、二人乗りのバイクとそうぐうするのですが、ぜんはんで、アントニオとエレナが付き合い始めた頃、この海岸に行き、車と接触しそうになるシーンと被ります。そして場面は、若き日のエレナとアントニオ、海岸で知り合い、親友の彼氏をとったことで悩むエレナの姿、さらにその打ち明ける場面で、シルヴィアがあれなの彼氏ジュルジュを取ってしまったと逆に打ち明けられる場面なども挿入。
アントニオのエレナへのプロポーズの場面などもフラッシュバックさせ、二人が海で泳ぐ美しいシーンでエンディング。もちろん、エレナが病院に戻り、その後快方に向かうのか、悲劇で終わるのかはわかりません。病室で、知り合いの医師に、新しい薬が効果が出ているというセリフもあったので、もしかしたらとも思わせる。この何気ないセリフの数々が、作品をどんどん膨らませています。もう、これは絶品という他ありません。傑作、いや秀作と呼べるみごとな映画でした。もう一回みたいです。