くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「疑惑のチャンピオン」「ブルックリン」

kurawan2016-07-05

疑惑のチャンピオン
なかなかの秀作でした。とにかく自転車の疾走シーンのスピード感、スリリング感が半端ではない。実話を基にしているとはいえ、単なる告発映画でも、ヒーロー映画でもない深さも伴っているところも素晴らしい。監督はスティーブン・フリアーズである。

一人の男、主人公ランスが自転車を漕いでいる姿をカメラが後を追いかけていくシーンから映画が幕をあける。こけたらどうなるのだろうと思わせるほどの物凄いスピード感にまず画面に釘付けになる。主人公ランスはフランスの自転車レース、ツール・ド・フランスの選手である。しかし、今一歩で頂点になれない。そんな時一人の医療従事者で、科学的なドーピング効果でトップクラスの選手を育て上げてきたミケーレ博士に相談をするが、見込みがないと言われる。それでも努力でトップクラスの選手となるが、なんと精巣ガンを発症、瀕死の治療を始める。そして見事完治した彼は再びツール・ド・フランスへ戻ってくる。そして、ミケーレ博士に相談し、絶対にわからないドーピング効果で、どんどん優勝を重ねていく。

しかしその不自然さに気がついたのが、小さな新聞社のジャーナリスト、デヴィッドだった。そして彼は、ランスの行動や周辺の調査を始め、告発するところまで行くが、組織的なドーピングを行うランスに、跳ね返されてしまう。

一方、ランスはガンを克服してヒーローになったということで、人々の賞賛を一手に集めるのだ。

やがて、真相が明らかにならないままにランスは引退、しかし、もう一度ツール・ド・フランスに復帰すると宣言。しかし若手に勝てるわけもなく、さらにかつての仲間から、ドーピングノリで告白をされ、とうとうランスも、認めることになる。

確かに、彼がとった行動で優勝を繰り返したのは良くないのであるが、一方でガン患者に対する勇気を与えようとした彼の心は嘘ではないと描かれている。そのさりげない描写が、この作品を非常に深いものにしている。

さらに、自転車シーンの圧倒的なスピード感あふれる映像演出の見事さが半端ではなく、この映画の真の価値を見事に一級品に高めていると思います。見事な実話劇です。素晴らしいと思います。


「ブルックリン」
これは素晴らしい傑作でした。とにかく、絵が美しい。色合いの組み合わせといい、さりげないシーンに見せるこだわりといい、見事です。さらに、脚本も演出最高です。2時間弱の作品ですが、これを下手な人が作ると、2時間を優に超えると思います。ところがこの映画は、無駄な部分を思い切ってばさっと切ってストーリーが展開する。この潔い演出が作品に心地よいリズムを生み出していく。そして、背景となる1950年代という時代を思う時、世界がこれほどまでにまだまだ大きかったことを実感させてくれます。アイルランドアメリカの距離感の描写もうまいのです。監督はジョン・クローリーです。

アイルランドで暮らす主人公エイリシュがケリーの店で働いているシーンから映画が始まる。この店の女主人ケリーは地元の名士や権力者には媚を売り、貧しい庶民には露骨な蔑みの態度をとる。エイリシュはそんな毎日、こんな人々が暮らすこの街に嫌気がさしていた。姉のローズはそんな妹のためにアメリカの知り合いの神父に、エイリシュを託すことにし、旅費を作り、向こうでの仕事も段取りする。こうしてエイリシュがアメリカに向かうところから物語は本編へ。ここまでの展開も実にスピーディでうまい。

長い船旅の中、同室で知り合った女性にいろいろ教わり、無事アメリカに着き、キーオ夫人の営む女性だけの寮に住んで、デパートで働くようになる。もともと聡明だったエイリシュだが、さすがにホームシックに落ち込んだりもする。

ある日、教会のダンスパーティに出かけ、そこでトニーという青年に出会い、みるみる恋に落ちる。そこへ、姉ローズの突然の死の知らせが入る。トニーはアイルランドに戻るというエイリシュに結婚式を挙げようと言い、二人だけで一夜を共にする。

アイルランドに戻ったエイリシュは、最初はすぐにアメリカに戻るはずだったが、故郷の親友の結婚式に出たり、幼馴染たちと暮らすうちに、忘れていた故郷への郷愁が心に大きく占めるようになる。そして、旧友のジムからの申し出に、いつの間にか心が動き始める。母もこちらに住んで欲しいと願い、ローズの後の仕事にもつけるようになっていく。

ところが、突然、ケリーに呼ばれ行ってみると、実はケリーの知り合いの姪がアメリカの空港でエイリシュに会ったという。実はエイリシュがアメリカを発つとき、たまたま空港でアイルランドを故郷にする夫婦とトニーが知り合ったというエピソードがあり、これが蘇ってくるのだ。この辺りの脚本のうまさに頭がさがる。

ケリーに詰め寄られ、エイリシュはこの街がこういう町なのだと思い出し、そしてアメリカに急遽帰ることにする。母に実は結婚していたのだと告げ、母は、落胆はするものの、娘の気持ちを重んじ、何も言わない。このあたりの演出も実にいい。

そして、アメリカ行きの船に乗ると、そこに、これからアメリカに渡るのだというアイルランドの女の子と出会う。エイリシュは、かつての自分を思い出し、経験したことをアドバイスしてやる。そして、アメリカに着いたエイリシュは、トニーが仕事から帰るのをじっと待ち、道端でトニーと抱き合ってストップモーションでエンディングになる。

何度も書くが、無駄なシーンを思い切って排除した展開のうまさと絵作りの美しさが抜群の映画なのだ。アメリカに戻る決心をしたエイリシュが船に乗るまでも、余計な母の引き止めや親友の登場、ジムとの別れなど描かず、一気に船に乗る彼女のシーンへ持っていく。本当にうまい。女子寮での遊び付きな同僚の女性たちの絡みも、嫌味がない上に、極端な悪者でないあたりもいいし、とにかく、エイリシュの周りの人物の存在感も実に心地よいのだ。だから、映画を嫌らしくせずに仕上がっていくのです。

おそらく、近年見たうちで最高レベルの傑作だと思う。本当にいい映画に出会いました。