くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「あした晴れるか」「その壁を砕け」「誘惑」(中平康監督版

kurawan2016-10-05

「あした晴れるか」
とにかく弾むような会話の応酬が抜群に面白い。まるで機関銃のように早口なのですが、その一つ一つがユーモアに溢れているし、役者それぞれがその呼吸をしっかりつかんでいるからこそ、こんな楽しいシーンが作れるのでしょうね。監督は中平康です。うまい。

カメラマンの耕平が野菜の競りで声を上げているところから映画が始まる。出勤前にこの競りの仕事をし、さくらカラーの会社に出勤。そこで東京探検という企画を任されるが、アシスタントに着いたのは芦川いづみ扮するみはる。黒縁メガネをかけて、わけのわからない堅苦しい難しい言葉を並べ立てる彼女のファーストシーンが絶品。

そして、耕平は出勤途中で、アクセサリーの売り子の女と知り合い、彼女のお父さんが花売りで、そのお父さんを恨むヤクザが出所してきてと、物語はどんどん楽しい方向に絡み合って、ラストは大乱闘の末に、アフリカ行きの仕事で出かけて行ってエンディング。

とにかく映像も、会話も、展開も、ポンポン弾むように駆け抜けていくのが、絶品の一本で、今時の役者が絶対にできないこの呼吸と間の取り方が、職人技の映画。

とにかく監督の感性と役者の力量が見事にマッチングするとこうなるのだと言わんばかりの映画でした。芦川いづみがとにかく可愛い。


「その壁を砕け」
新藤兼人脚本、中平康監督のサスペンス映画ですが、見るも鮮やかなストーリー展開というほどではないのに、映画の面白さを熟知して作られた傑作。穴だらけの物語が、その欠点を飛び越して見事に一本として完成させているあたりこれが名匠たる所以でしょうか。

映画は一人の男三郎が、三年かかってためた金で車を買うシーンから始まる。そして、その車で新潟に待つ恋人の元へと走り出して物語が始まる。ひたすら深夜走るのだが、途中で一人の男を車に乗せ橋のたもとで下ろす。その直後彼は警官に止められて逮捕される。

何がなんだかわからないままに拘留されるのだが、どうやら鉈で惨殺して金を奪った強盗犯と間違われたらしい。しかも三郎を逮捕した警官は出世し刑事になる。

ところが、ふとした疑問からこの刑事は何気なく、この事件をもう一度洗い始める。たまたま通った橋のたもとで真犯人が金を掘り返すのを見つけ、あとを追うが、その男は、チンピラに殺されてしまう。この展開のエピソードもうまい。そして見えてくる真実。この展開の妙味こそ新藤兼人新藤兼人らしき見事な脚本力と言わざるをえません。

実は、三郎を犯人だと指差した、殺された男の妻は、襲われた時、布団をかぶっていて見ていないことがわかり、さらに、未亡人の長男の嫁は犯人が逃げたのを見ているのに、出稼ぎの男と納屋で情事にふけっていて真実を言えなかった。

そして真犯人が明らかになり晴れて映画は終わるが、さすがに新藤兼人の脚本は、一抹の毒をもたせて皮肉に終わるからこれもまた苦笑いしてしまう。

三郎たちを蔑んだこの村の中をクラクションを鳴らして走り去り、全てを過去のものにして、恋人と走り去ってエンディング。これが映画作り、ストーリー作りである。

緊迫するカメラワークと見事に切り返す画面作り、常に絵作りを意識した構図、傑作とはこういうところにある。全く見事でした。


「誘惑」(中平康監督版)
1957年の映画である。なのに、こんな洒落た映画があるのかと空いた口がふさがらない。それほど何もかもが洗練されています。俳優さんの身のこなし、舞台になる洋品店と二階の画廊、そして向かいの喫茶店の配置、さらに生花の師匠の家と隣り合わせの前衛芸術家のアトリエ、この天才的なセンスで配置された空間で繰り広げられるあまりにもモダンな、そして切ないほどのラブストーリーに、もう画面に釘付けになる。中平康監督の傑作の一本に出会うことができた。

かつて画家を目指したが、才能のなさに納得して今は洋品店を営む初老の男省吉。一人娘の秀子は前衛生花をやっている。省吉は店の二階に画廊を作ろうと工事中で、そこで秀子たちが作品展はできないかと画策中。登場人物の心のセリフが物語を牽引し、余計な思惑やら、身勝手な推測、さらに希望や嫉妬が心の声でつぶやかれる。

省吉には、若き日に初恋の思い出があり、その女性栄子と口づけをしなかったという後悔が未だにある。彼の周りに秀子を通じて様々な人物が絡み始め、さらに店の従業員への淡い想いか勘違いかが繰り返され、さらにさらにと話はどんどん膨らんでくる。

画廊の開所祝いに岡本太郎東郷青児など大物がやってくるわ、栄子の娘の省子は栄子の面影そっくりで戸惑うわと、とにかく物語が膨らんでいく。

友達の結婚式の二次会で酔っ払って、省吉の家に秀子が省子を連れて帰り、夜中、省吉はつい、栄子にそっくりの省子に眠っている時に口づけをしてしまう。省子は母が亡くなった時に省吉への手紙を見つけ、母も後悔をしていたことを知り、あえて、口づけを許すのである。このロマンティックなシーンも実にうまい。

やがて娘の秀子も恋人と口づけをして、全てがハッピーエンドになり映画は終わるが、カメラワークといい、空間の配置のうまさといい、セリフの妙味といい、さらにそれらのセンスを見事な立ち居振る舞いで演じる役者さんたちの演技といい、一級品である。

このセンスがなぜ現代に引き継がれなかったのかと思うが、これは一種の中平康監督の才能と言われればそれ以上ぐうの音も出ないのだ。まさに早すぎた天才と言える監督の傑作の一本に出会うことができた。そんな今日でした。