くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「何者」「淵に立つ」「香港、華麗なるオフィス・ライフ」

kurawan2016-10-18

「何者」
面白い映画だし、演劇の鬼才らしい個性的な演出が見られるのだが、結局、クライマックスは自分の得意な部分で締めくくったという感じの構成になった。前半部分はやたらカメラがゆらゆらとパンを繰り返すのが気になったけれど、終盤に一気に引いて行くという演出のための伏線だったようです。ただ、主演である拓人の冷めた存在感がくっきり出ていないので、終盤で理香に暴露された時のサプライズが薄い。そのために、その後の締めの部分、一分間で説明できないという感慨深いシーンがどーんと迫らないのが残念です。監督は演劇界で有名な三浦大輔です。

物語は、大学生で就活二年目になる拓人が、友人のラストライブを見ているシーンに始まる。そこにやってくる端月。やがてルームシェアしている友達の光太郎、そして端月の友達で拓人の上の階にいる理香、同居人の隆良、が絡んでくる。

こうして、彼らの姿が描かれて行くが、一見、就活に否定的な隆良がある時、面接の現場にいるのを拓人が見かけたり、同じ面接現場に拓人が端月と出くわしたりする。常に端月の部屋で一緒に飲んだり情報交換しているにもかかわらず、どこかよそよそしくて、どこか心に入り込んでいない繋がりが実に微妙で、所々に語られるさりげないセリフにズキっとさせる鋭さがある。多分、原作が相当よくできているのだろう。ちなみに原作は「桐島、部活やめるってよ」の朝井リョウである。

暇があればスマホをいじる拓人、それがラストでようやく見えてくるのだが、いまどきであるLINEやtwetterなどが頻繁に登場し、その中に、冷めた言葉や、どこか鋭く責める言葉が書き込まれる。

そして、端月は総合職を家の事情で諦め、エリア職に甘んじて内定を決めるし、光太郎も中堅の出版社に決まって行く。そして、ある日、拓人は理香の部屋で二人きりになった時、彼女に、周りの人間を全員見下げていたのだろうと暴露される。カメラは今までどこかよそよそしくて捉えていた構図から一気に後方へ引き、さらに舞台の一場面へと変わって行く。そこにはキューブのような形で組まれた部屋のセットで、これまでの展開が語られている。

そして、面接現場、拓人は一分間で自己アピールしなさいと言われ、語り始めるが、バンドをしている友人のことなど話始めるも、一分間で語れませんと部屋を出る。そして、その会社のドアを抜けて外に出てエンディング。

終盤の鮮やかな展開は、よくあるとはいえ、映像的で面白い。しかし、そこに至るまでに物語の牽引役である拓人があまりに存在感が薄すぎる。周りの人物の存在もどこか透明人間のようである。カメラは彼らを常に手持移動させながら捉えて行く。このドライ感は目指したものなのかもしれないが、なにか、映像としてどうなのだろうと思える時がある。

面白く構成された作品ですが、もう一歩練りこんだ演出が見たかった。でもいい映画です。


「淵に立つ」
シンプルな心理ドラマであるが隠された背景がなんともシュールで、奥の深さが見えてこない。これを傑作と呼ぶべきかどうか難しいものの、普通の作品と一歩かけ離れた位置になる映画だと思いました。監督は深田晃司です。

一人の少女蛍がオルガンを弾いている後ろ姿から映画が始まります。町工場を営む父利雄と妻章江と3人暮らしである。ある日、一人の男八坂がやって来る。当たり前のように雇い入れ、そのまま住むことにする利雄。訳も分からないままに受け入れざるを得ない章江。しかし、人当たりの良い八坂はすぐに馴染み、蛍にも気に入られる。

実は八坂は刑務所にいて、殺人をおかしたことがあるという。しかも共犯者がいる風な言葉をほのめかす。やがて、章江と八坂は惹かれ合うようになり、口づけを交わす。

ところが蛍の発表会が翌日になったある日、蛍は公園で頭に重傷を負わされる。しかも傍に八坂がいるのを見つける利雄。そのまま、八坂は行方をくらます。そして八年が立つ。

蛍は半身不遇になり車椅子になっている。章江は異常なほどの潔癖症になっている。そんなところに一人の青年が雇われて来る。しばらくして、彼が八坂の息子であるとわかるのだ。

複雑な心理状態になる利雄と章江。依然消息のわからない八坂。そして、興信所のわずかな情報で八坂がいるらしい山深い村に出かける利雄らと八坂の息子。しかし、そこにいたのは、似ている風だが全くの別人だった。四人は、八年前に八坂らと出かけた河原に行く。ところが、そこで、憔悴しきっていた妻は蛍を伴い、陸橋の上から川に飛び込む。なんとかすくい上げた利雄だが、章江はなんとか息を吹き返したものの、蛍も、八坂の息子もわからない。そのまま暗転して映画が終わるのだ。

果たして、このあと何が起こったのか、いや、蛍は回復するのか、八坂はどこに行ったのか、あらゆる謎を残して映画が終わってしまうのである。

全く余計な説明が全て削除された展開に、一瞬、これはどういう視点で見るべき映画なのか迷ってしまう。しかし、映される映像のままにこの映画を思い返して見ると、そこに見えて来るなんともいえない、人間同士の心のドラマがくっきりと見えて来るのである。果たして利雄と八坂に何があったのか、章江は一体利雄に愛想をつかしているのか、蛍はどうなるのか、八坂の息子の本当の目的は何なのか、省略された向こうに見える何かを感じる映画、それがこの作品の魅力なのだろう。


「香港、華麗なるオフィス・ライフ」
香港ノワールの巨匠ジョニー・トーが描くなんとミュージカルである。しかも、大ヒット舞台劇だというから、期待大。思った通り、とにかく美しい。センスの良いリズム感で展開する流麗なカメラワークに豪華絢爛なセット、まるで近未来のような世界を作り出した美術セットにまず引き込まれ、リズミカルなオープニングにワクワクし、気がつくと、巨大企業の利潤追求の世界という経済ドラマとオフィス内のうごめくラブストーリーに飲み込まれて行く。さすがに面白い。

列車の中のシーンで映画が始まる。ミュージカルであり全編セットで、スケルトンの電車セットがまずすごい。新入社員のシアンがリズムよく電車を降り、目指す会社のロビーへ。そこは巨大企業で、あまりに多くの従業員がエレベーターに列をなしている。ところがその横をさも偉そうに、しかも重役用のエレベーターに乗り込む一人の女性ケイケイを見つける。しかも彼女も新入社員なのだ。

こうして幕を開ける物語は、最初は、切れ者のケイケイの描写、利潤追求に翻弄されている社員たちのシーンからシアンのひたむきな姿に続き、まるで近未来のようなきらびやかなオフィスのセットで物語が展開する。電車を降りて、エレベーターホールからオフィスの社長室、そして会長のホーの登場へ。流れるようなカメラワークがどんどん物語を先へ先へ進める様は見事。

企業の巨大化のために上場作業を進める女社長のチャン、さらに会社の金で私腹を肥やそうと投資をする副社長のデヴィッド、そして彼らにまとわりつく女、男、華麗なる建物の中にうごめく社会がすごい。

実はケイケイはホー会長の娘で、母親は昏睡状態で入院している。ホー会長はチャン社長とできているようだが、いっぽう、チャン社長はデヴィッドともできているかのようである。さらに、デヴィッドは経理のソフィともできていて、会社の帳簿を操作してもらっている。所々に歌が挿入されるミュージカル仕立てでとってもテンポがいい。

マダムという会社との提携の話も進む中、オフィスドラマが展開するが、リーマンショックにより、デヴィッドは窮地に追い込まれる。結局、チャン社長も責任を取り辞任、デヴィッドも自殺し、ソフィも逮捕されて物語は大団円を迎える。

ホー会長はケイケイの正体をみんなの前で披露し、シアンもその才能も認められ、トップのエレベーターに乗れるようになってエンディング。

さすがにジョニー・トーのセンスが光る一本で、美術といいカメラワークといい、見事な様式美で彩られた華麗なエンターテインメントに仕上がっています。本当に楽しい一本でした。