「遥かなる山の呼び声」
良い映画ですね。山田洋次監督ということで当時見逃した一本ですが、監督の職人芸が光る名作でした。
北海道の大地で、なくなった主人の後を継ぎ、息子と二人で牧場を営む民子のところに、あるの雨の夜、一人の男田島が雨宿りをする。その日一匹の馬が生まれ、やがて男は去るが、冬が過ぎ、初夏に再びやってきて、牧場を手伝うようになって物語が始まる。
美しい北海道の大地のカットをふんだんに取り入れ、横長の画面を有効に使った構図が実に美しい作品で、そこで描かれる、様々な人との関わりと暖かい素朴な物語が生み出す叙情的な展開が実にうつくしい。
実は田島は人殺しをして逃げる身で、やがて警察の手が回り、去っていくが、搬送される電車に、民子が乗り込み、いつまでも待っていると、世話焼きの男の口を借りて告げるラストが泣けます。
ゆるい話ながら、しっかりと描き切る山田洋次の手腕が光る一本で、それぞれの人物キャラクターが綺麗に描き分けられ、一つのドラマとしてまとまる様が見事でした。良い映画とはこういうのをいうのでしょうね。
「男はつらいよ」
ご存知、大ロングシリーズになる第一作目である。監督は山田洋次、絶妙の語り口とテンポであれよあれよと転がるように進むストーリーに圧倒されながらラストシーンにたどり着く勢いがとっても心地よい。ある意味、ものすごいモダンなスタイルだったと感じ入る一本でした。
映画は二十年ぶりに葛飾柴又に帰ってきた寅次郎のシーンから始まる。幼い頃に別れたきりで、最初は気がつかない妹のさくら、そして主要人物が紹介され、一旦寅次郎が又、旅に出て一年後、妹の見合いから結婚、そしてこのシリーズの定番となる寅次郎が惚れるマドンナの登場と失恋が描かれ、映画が終わる。
徹底的にステロタイプ化された登場人物たちは、どこかコミカルでマンガチックである。まるで、ドタバタ漫画が映像になったような語り口がオリジナリティあふれる個性となって開花、この後ロングシリーズになるのも納得する。
もちろん、細かい計算された山田洋次の演出の数々も見所で、稀代の名優渥美清の絶妙の間合いが作品をただのコメディで終わらせないから凄い。これが映画史に残るということだろうと思える一本でした。
「インランド・エンパイア」
正直に書けば、訳がわからなかった。まさに、デビッド・リンチ監督の世界観が全体を覆っていく。しかし、クセになる陶酔感がなんとも魅力なのである。その意味で、彼の感性に脱帽するしかない。既成概念など吹っ飛ばして、感性の赴くままに展開する映像世界を堪能できる映画でした。
物語、と言っても解説を読んでのコメントですが、主人公ニッキーが映画の主役が決まり、その撮影を始めるが、そこに現実とも、撮影とも区別がつかなくなっていく世界が展開する。
映画の物語を写していく場面は全くカットの連続でストーリーはわからない。ただ撮影する映画の元は未完成になった「4ー7」という作品らしく、しかも、その未完成の理由が主人公二人の謎の死であるということを聞いたニッキーは、自分にも危険が迫っているかの錯覚、さらに相手役の男性との不倫らしい空気感も漂い、夫との確執が、現実とも映画の世界とも重なってその区別がなくなっていく。
時折映るうさぎの仮面を被った舞台のシーンやら、わけのわからない浮浪者の会話やら、途中から、あまり物語につじつま合わせをしないように、映るままに見ていくようにすると、そのオリジナリティあふれる映像世界を楽しむことができる。これがデビッド・リンチなのである。
結局、ラストシーンまで撮り終えたものの、腑抜けのようになったニッキーはいずこかへふらふらといくと、そこに銃があって、47号室という部屋があって、と不可思議な世界、現実に戻れない彼女の姿が描かれていってエンディング。最後は、キャスト全員が華やかにくつろぐシーンでエンドクレジットである。
一度見ただけでは、すべての謎が解けない魅力がある作品で、何度も見直して謎解きをして見たくなる。そんな映画だった。