くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ヒトラーを欺いた黄色い星」「ファニーとアレクサンデル」

kurawan2018-07-31

ヒトラーを欺いた黄色い星
第二次大戦時、ベルリンに潜伏した七千人のユダヤ人のうち4人の実在の人物に焦点を当てたいわばセミドキュメンタリーである。役者が演じる物語の合間に証言を交えていく展開で、ストーリー作りの面白さというよりほとんどドキュメンタリーでした。監督はクラウス・レーフレ

第二次大戦が起こって間も無く、ベルリンのユダヤ人は一斉にナチスによる退去を命令され移送され始める。物語はドイツ人になりすまし、兵器工場で働いていると偽って移送を苦れたツィオマの物語から幕を開ける。彼はその技術を使って、証明書の偽造をするようになる。

戦争未亡人を装ってメイドとなるルート、ヒトラー青年団と偽ってビラ作りをするオイゲンなどがそれぞれの物語を本人が語りながら展開していく。

様々な身分を巧みに操りながらナチスから身を守っていく彼らの姿が中心になり、悲惨な収容所シーンや迫害や操作の中での拷問や過度な緊張感のあるサスペンスなどは描かれず、淡々と記録映画的に物語が進む。
そしてソ連が侵攻してきて、戦争の行く末が見えてきて映画が終わる。

特にどちらに偏るでもない展開でストレートな記録映画的な作品で、その意味では真面目に鑑賞できる一本でした。


「ファニーとアレクサンデル」(デジタルリマスター版)
ご存知イングマール・ベルイマン監督の5時間を超える長編大作である。とにかく冒頭からその豪華絢爛たる映像に圧倒される。そして色彩配分の美しさと荘厳さに胸を突き刺されてしまう。その上エピソードに編集とテンポの素晴らしさはまさに芸術的です。

物語は全五部構成となっている。時間を表現するかのような水の流れのあとプロローグ。少年アレクサンデルが紙芝居の枠から顔を出す。部屋の中は所狭しと時代色溢れる調度品がおかれている。そに部屋の中を走り回るアレクサンデル。

石膏の像が動き出し、死神が鎌を引きずるのを見て映画は第1章へ。

劇場の持ち主で役者のオスカルがこれから舞台を勤めようとしてる。三階以上まで広がる豪華な劇場シーンがまずすごい。客席は満席で、満場の拍手がなる。今夜はクリスマス恒例のキリストの降誕劇である。

劇が終わり、オスカルの自宅で友人、親戚達の狂乱のパーティが始まる。巨大なクリスマスツリー、そとには雪景色で、色鮮やかな花売りの姿が窓から見える。毎年のことながらアレクサンデルもファニーもこの長々しい晩餐が嫌いである。

大勢の客が乱痴気騒ぎをし、至る所で愛を交わしてSEXをする。全くの節操も何もない一夜が延々と繰り返されるが、赤を貴重にした豪華な室内をめくるめくカメラが実に素晴らしいし、冷めた目で見ながらも巻き込まれているアレクサンデルたちの姿もいい。

悪ふざけするオスカルや親戚の人々、役者たち。愚痴をこぼすメイドたちの様子も実に人間味溢れている。やがて夜が明けて、そのまま朝食になる。まさに芸術家たちの狂乱の一夜である。

年が開けて二月、新しい舞台のリハーサルが行われている。ところが突然オスカルが体の不調を訴えそのまま自宅に戻りベッドに入るが、医師の治療も虚しく死んでしまう。アレクサンデルは悲しみに沈み込む。

ふと夜中に物音がするのでアレクサンデルとファニーが居間を覗くと、なんと真っ白なスーツのオスカルがピアノを弾いていた。

場面が変わり、舞台の場面、かつてのにぎわいもなく、まばらな客席からの拍手が聞こえる。間も無くして、母エミリーが再婚することが決まる。相手はベルヘルス主教である。

ところが、何事にも異常なくらい厳格な主教の家ではアレクサンデルはこと有るごとに主教に反発する。さらに主教の家には主教の異常な厳しさに同調する妹や、病気で伏している叔母など、殺伐とした暗さが漂っていた。

ファニーとアレクサンデルの部屋の窓には格子がはめられ、逆らうと鞭で打たれる。エミリーも結婚が間違いだと知るものの、すでに妊娠し、主教も離婚することも許さない。オスカルの母の元にエミリーは相談に行くものの結局、子供達が主教の元にいるために戻らざるを得なかった。

そんな状況を察するオスカルの弟たちは、エミリーたちを救出する手段を考える。そして、商売に長けたグスタフが主教の金の窮乏につけ込んで、かつて購入を依頼されたいた時代物の箱を購入、その箱に子供達を入れて脱出させ自分の家に匿う。

そして、主教とエミリーの離婚を交渉に向かうのだが、法律を盾にとり冷静な判断ではぐらかされてしまう。

ところが一度は主教のいいなりになったかのエミリーは、巧みに主教に睡眠薬を与え眠らせ、その隙に逃げ出す。たまたまその夜、主教の叔母が、暗いからとランプをベッドの枠に置かせ、それに触れたためにランプが倒れ、火事になる。

その出来事をアレクサンデルは匿われた家で幽閉されているアーロンの弟イスマエルに知らされるという不思議な経験をする。そして、主教はその偶然の火事の中で死んでしまい、エミリーは晴れてアレクサンデルたちの元に戻ってきた。

やがて、かつて仕えていた親しいメイドのマイも旅立ち、女優として戻ったエミリーも無事出産して劇場を引き継ぐことになる。何もかもうまくいったかに見えたアレクサンデルは、主教が幽霊となってこの家に現れたのを目撃。幻か現実かわからないままに祖母の膝で眠って映画が終わる。

圧倒である。5時間を超えるにもかかわらず、前半の豪華絢爛の世界から後半の殺伐として景色への転換、さらにクライマックスでの緊張感から真っ白なパーティ場面で終焉を迎える大団円と、素晴らしいと言わざるを得ません。しかも、物語のエピソードの組み立てが巧みすぎて、現実と幻想、想像の世界が繰り返されるアレクサンデルの視点、それをほとんどセリフもなく見つめるファニーの存在感の描写が秀逸。

映画づくりを堪能したとベルイマン監督が言うのも納得がいく素晴らしい出来栄えの作品でした。何度も言いますが圧倒されました。