くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「人魚伝説」「鬼の詩」

kurawan2018-09-13

「人魚伝説」
ストーリーの筋が全くぶれることなくシンプルにラストまで突っ切るのだが、そこかしこの枝葉もさりげなく物語を引き立て、なかなかの秀作に仕上がっていた感じです。監督は池田敏春

主人公みぎわは愛する夫啓介とアワビをとって暮らしている。みぎわは海女で、いつも啓介に船に引き上げられ、冗談交じりの喧嘩をする仲の良い夫婦、その微笑ましいシーンから映画が幕を開ける。

この地の土建屋宮本組はレジャー施設建設に躍起になっており、先だっての海洋展望台が中途半端に終わったのでさらに大規模なレジャー施設を計画していた。

ある夜、船で一人酒を飲んでいた啓介は、夜釣りの船が何者かのボートに襲われる現場を目撃する。ところが事件が表立ってこないので、気になる啓介はみぎわと調べようと海に出る。ところがみぎわが潜って調べている時、啓介が何者かに殺され、海に落ちてきて、みぎわも狙われ、さらに夫殺しの嫌疑までかけられるが、なんとか逃げ通す。

そして宮本組に社長の息子祥平の助けで離れ島に身を隠す。

そして調べるうち、実はこの地に原発がくる計画があり、その計画に乗せられた宮本組が、反対する下山を殺したのだが、その現場を見た啓介を殺したのだとわかる。

みぎわは復讐を決意し、島に宴会でやってきた宮本組の幹部をまず殺し、続いて、社長も殺し、原発推進の議員も殺して行く。殺しのシーンの壮絶さが、その演出のスピーディさ、みぎわを演じた白都真理の熱演もあって見事なシーンに仕上がっている。

クライマックス、次々とモリで人を刺し殺す下りの壮絶さは必見の名シーンである。

そして復讐を遂げたみぎわは海に飛び込み、延々と泳いで行く。いつの間にか彼女の姿は人魚のごとく変わっていってエンディング。

シンプルな話なのですが、しっかり演出されて行く映像と描きこまれた脚本が素晴らしいし、白都真理の熱演に拍手したくなる映画でした。見応え十分な一本でした。


「鬼の詩」
原作がいいのだろう、主人公馬喬の人となりの壮絶さが見える前半は実に素晴らしい。それは妻露の存在が主人公を引き立てているためですが、露が亡くなってからの後半がちょっと弱いために終盤にかけて迫力が落ちてくるのは少し残念。監督は村野鐵太郎。

生真面目に落語を語る馬喬の場面から映画が始まる。師匠の露久の芸を半ばバカにしているのだが、まだ自分の落語が見えていない。

時に巷にコレラが流行り、寄席も閑散とする中、ちょっといたずらで水銀を飲まされた馬喬は高熱で倒れてしまう。てっきりコレラと間違われ誰も寄り付かない中、一人の女露が彼の看病をする。

やがていたずらとわかり、熱も下がった馬喬は寄席も閑散とする中、露と旅に出て門口芸をして回ることにする。そして露久の芸の真髄を知った馬喬は戻るなり露久の芸を狂ったように盗み始める。地方の山村の景色を捉えたこの辺りの映像は流石に村野鐵太郎の画面が実に美しい。

まるで狂気のように露久の真似をする馬喬。やがて露が妊娠する。ところがある時ふとしたことで露は馬喬が寄席に行っている時に流産し、帰ってきた馬喬の前で死んでしまう。

落胆した馬喬は行方をくらまし、巫女の元で露の魂を呼んでもらう。そして戻った馬喬は巫女の芸で客受けするようになる。さらにこじき巫女になり、客からの差し入れを高座で食べる芸を入れるが、ある時面白半分に馬糞を差し出される。しかし馬喬はそれを饅頭のごとく食ってしまう。

間も無くして馬喬は天然痘にかかり、戻ってきた時は見るも無残な顔になって戻ってくる。馬喬は鬼の顔だとそれも芸に取り入れてしまうが、すぐに客が飽きる。そこで今度はキセルを顔にぶら下げる芸を始める。

たくさんのキセルをぶら下げるため食を断ち、師匠の勧めで、素の話に戻ったらどうかと言われ、変わり目の最後のキセル話をする日に、とうとう力尽きて死んでしまう。

映画はここで終わるが、まるで落語の落ちのように、馬喬の家に行った露久の一言の締めくくりもやや弱いのが実に残念。

たしかにクオリティの高い作品ですが終盤に息切れしたのは少し惜しい気がする映画でした。