「バイス」
これでもかというほどに毒まみれの映画です。主人公は汚いやつだし裏ありだらけ。周辺の人物も、決して清廉潔白でもない。エンドクレジットには「ウエストサイド物語」の曲アメリカまで流れるアメリカ万歳映画だ。しかしここまで毒づいたならアカデミー賞をとってもよかったんじゃないかと思う。教育映画のような「グリーンブック」よりよっぽど爽快だった気がします。監督はアダム・マッケイ。
馬鹿笑いする若き日のチェイニーのカットからのオープニング。酒に溺れいかにも出来損ないのこの男。カットが変わると2001年9・11のテロ画面に変わる。的確な判断を強行的に進める副大統領チェイニーの姿。
若きチェイニーがエリート女性のリンと結婚するも、生活は荒れるばかりのカットから、やがて権力に目覚めて政治の中枢へ進んでいくのが物語の本編だが、チェイニーには公になっていない情報が多く、実話ながら嘘も入っていると冒頭のテロップで公言する。
時はニクソン大統領時代。ウォーターゲート事件でニクソンが失脚、続いてカーター大統領、レーガン大統領へと時が流れる中、時にのぼりつめようかと見えると失脚を繰り返し、やがてジョージ・ブッシュが引退したチェイニーを副大統領に迎えるクライマックスへ流れていく。
映像を自由自在に駆使し、ストップシーンや、一旦エンドクレジットを流したかと思えば終盤へ畳み掛けていく。しかも、物語の牽引役の男の正体はチェイニーに心臓を提供した男というラストの落ちまである。
とにかくやりたい放題で、ややメッセージが偏見に満ちているかに見えるがここまでくるとそれも爽快である。とにかく、今のアメリカ市民の本音はこの映画がアカデミー賞ではないかと思う。そんな匂いがプンプンするアメリカくさい映画だった。
「オアシス」(HDデジタルリマスター版)
徹底的に突き放して描く視点にぐったり疲れてしまう映画でしたが、このクオリティのすごさには圧倒されます。よくある甘ったるい正義感や純粋さなど微塵もなく、ぐいぐいと現実が迫ってくる迫力があります。監督はイ・チャンドン。
ひき逃げ事故で刑務所にいたジョンドゥが出所してくるところから映画が始まる。いかにもどこかずれた感じである。そして自宅に戻ってみれば家族は引っ越していてどこにいるかわからず、無銭飲食で警察に捕まり、弟が迎えに来てやっと居場所がわかる。
ジョンドゥは自分がひき逃げした被害者の家を訪ね、そこで脳性麻痺のコンジェと出会う。一旦追い返されるが、合鍵で部屋に入りコンジェを強姦しようとするが、コンジェが気を失ってしまったので、慌てて逃げる。しかし、それまで障害者として家族からも疎まれていたコンジェはジョンドゥに電話をして、もう一度話がしたいと片言で伝える。
やがて、ジョンドゥとコンジェは、周囲に隠れて会うようになるが、ジョンドゥの家族は何かにつけてジョンドゥを遠ざけようとする。しかもひき逃げ事件も実はジョンドゥの兄が起こしたものをジョンドゥが身代わりに出頭していたのだ。またコンジェも家族に障害者アパートに住む権利を得るために都合よく利用されていた。
どんどん惹かれていくジョンドゥとコンジェ。そしてある日コンジェはジョンドゥをベッドに誘う。ところが二人がSEXしている最中にコンジェに家族がやってきて、現場を見つけ、てっきりジョンドゥが強姦したものと勘違いして警察に突き出す。言葉をうまく喋れないコンジェも、真相を話せないまま、ジョンドゥは留置所へ入れられる。
しかし、ちょっとした隙に逃げ、コンジェが怖がっていた街路樹の影をなくすために木を切り、そのまま逮捕されて連れていかれる。
コンジェは、元の生活に戻り一人掃除をしている。ジョンドゥからの手紙の言葉が流れて映画が終わる。あまりにも残酷かもしれないが、これが現実なのだと言わんばかりである。二人に未来は絶対にないし、よくある、純粋なラブストーリーのハッピーエンドなどもない。この辛辣な視点を徹底した脚本と演出は天晴れというべきである。