「テルアビブ・オン・ファイア」
アイデアの勝利という感じの良くできた佳作でした。面白かったし、さりげないお国がらも見えるし、それでいて映画的な展開もワクワクする。監督はサメフ・ゾアビ。
1967年パレスチナで、大ヒットテレビドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の撮影がされている。ヘブライ語の指導で参加していたサラームは、セリフに口を出しているうちに主演女優のタラに気に入られ、さらにスタッフからも気に入られてメイン脚本家として参加することになる。
そんな時、検問所で止められ、所長のアッシに尋問された時に脚本家であることを話し、アッシに意見を聞いたりしているうちに、親しくなってしまう。アッシは、ドラマに興味はなかったものの、アッシの妻らがドラマのファンだったこともあり、口を出すようになっていく。
映画は、アッシやサラームのアイデアが次々とドラマの展開に影響する中、サラームが想いを寄せるマリアムとのラブストーリーも絡んできてどんどんサスペンスフルになってくる。
そして、いよいよドラマのクライマックス。ヒロインが敵の軍人と結婚するかどうかでラストシーンが紛糾。アッシは最初から結婚させてくれるという約束を強引に押してくるが、スタッフ側は一緒に爆弾で死ぬ結末で締めくくると主張し、困ったサラームはある秘策を考える。
そしてドラマのラストシーン、結婚式の場面で、ヒロインと軍人の前にラビが現れ、ラビが正体を現して二人を逮捕するが、なんとラビはアッシだった。アッシは以前から検問の所長に嫌気がさしていたことを聞いていたサラームは、彼がそこそこ二枚目であることから、彼を俳優にして起用した。
こうしてハッピーエンド、ドラマはシーズン2に入り、アッシが活躍する展開になったかで映画は終わる。そこかしこに散りばめられる伏線の数々がちゃんとラストに生きてくる脚本がうまいし、サスペンスフルな面白さも満喫できる。掘り出し物に近い一本でした。
「ブレッドウィナー」
タリバンが支配するイスラムの街を舞台にした、ちょっと暗い物語ですが、美しいアニメ画面と交互に挿入される主人公が語るおとぎ話の世界とのコラボで、とってもいい作品の仕上がっています。監督はノラ・トゥーミー。
主人公パヴァーナへは父と一緒に道端で自分の服を売っている。この街では女性だけで外を歩くことができない。そんな二人は、タリバンにいちゃモンをつけられ、父は刑務所に連れて行かれる。パヴァーナヘの家族は、働き手がなくなった上に、残りの家族は女と幼い男の子だけのため外へ出ることもできなくなる。
パヴァーナヘは、髪の毛を切り男の子のふりをして外に出ることにする。そこで、同じように男の子のふりをしている同級生の女の子と出会う。なんとか二人は男の子のふりをし、パヴァーナヘは、刑務所へ父を探しに行くため、門番への賄賂のためにお金を稼ぎ始める。
そんなパヴァーナヘの露店にひとりの男がやってきて手紙を読んで欲しいという。パヴァーナヘが読んでやると、それは息子の訃報をしらせるものだった。
間も無くして再び現れたその男は、刑務所にいとこが働いているからその男を訪ねていけと伝える。そんな頃、パヴァーナヘの姉に結婚の話が持ち上がり、家族ごとこの地を去ることがきまる。しかし、父を助けたいパヴァーナヘは、引っ越しが迫る中、刑務所へ向かう。一方、パヴァーナヘの姉らは先方の使いの男に強制的に車に乗せられる。多国籍軍が迫り、戦闘になりかけてきたのだ。
パヴァーナヘは、刑務所の中の男に父をなんとか助け出してもらう。一方母たちは、連れにきた男に反抗し、姉と息子と3人で路上に取り残されていた。そんな家族に父を連れたパヴァーナヘが出会い映画は終わって行く。
タリバン政権下のアフガニスタンの厳しい世相を背景にした家族のドラマという感じの作品で、淡々と物語が進む中に、強烈な家族のドラマが見え隠れする。重い作品ながら、しっかりとした一本でした。
「幸福路のチー」
これは良かった。一見、よくあるノスタルジーへの回顧ドラマに見えるのですが、台湾現代史を巧みに挿入し、家族のドラマ、親子の暖かい物語を国籍を超えた視点で描いていくタッチが素晴らしい。素朴な絵から想像力豊かな映像展開も美しくて楽しい。アニメは技術だけではないと証明するような秀作でした。本当に良かった。監督はソン・シンイン。
トラックに乗ってチーたち家族が幸福路の町に引っ越してくるところから映画は始まります。トラックの荷台からチーが落ちて彼女の回想シーンへ流れますが、回想というより現代のお話です。
祖母が亡くなったという知らせでアメリカで暮らしていたチーが台湾に戻ってくる。大きく変わった故郷の幸福路を見ながら、それでもその根本のあるものが変わっていないことに気がつき始めると、彼女の心は古の子供時代へ戻っていく。
自由奔放に描かれるアニメ映像の奇抜さも素晴らしいが、過去から現代を繰り返す時間軸の交錯が見事で、混乱するかと思いきや見事に一本の流れにつながっているから素晴らしい。
可愛がってくれたおばあちゃんの思い出、小学校時代の友達ベティとの再会、相変わらず喧嘩ばかりだが温かみと優しさのある両親。かつてどこにでも当たり前にあった家族の物語がさりげなく展開していく。
蒋介石が死んだ日に生まれたチー、思春期を迎え学生運動に参加するチー、台北大地震、台湾語と北京語のエピソードなどなどこれでもかという現代史を丁寧に盛り込み、オリジナリティあふれるアニメ映像と素朴な会話の連続にどんどん胸打たれていく。
チーは妊娠していたが、アメリカ人の夫は子供を育てることに自信がないということで離婚を決意していた。もちろん夫は優しいのだが、チーの決断が硬い終盤も切ない。台湾の現代史はほとんど知らない私でも、まるで経験したかのような感動に包まれて映画は終わる。
胸がじわっとあったかくなる素晴らしい一本でした。