くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「サーホー」「弥生、三月、君を愛した30年」

「サーホー」

最近のインド映画の特徴としての荒唐無稽な展開と映像にいつの間にか引き込まれてしまう。脇役を次々と切り捨て、その場限りかと思えるようなストーリー展開、なんで出てくるのという突然の登場人物、それぞれがまるでつじつま合わせのように所々に絡んでくる。ある意味、香港映画のようなノリでもある。しかし、この作品の優れているのは、最初のターゲットをブレさせずに終わらせたことか。連続ドラマを一本にして駆け抜けるような物語の面白さを堪能できました。監督はスジート。

 

物語は近未来のインドあたり。いくつもの犯罪組織が乱立する中、ロイが率いる組織はインド中心を離れワージーという街で権勢をふるっている。そんなロイにデウラージら組織の連中からの招集がかかりインドのムンバイにやって来るが、何者かに殺されてしまう。そして組織集団のボスになったのがデウラージだった。ところが、ロイには息子がいることがわかり、その息子も後継者の座を狙って来る。そんな時200億ルピー規模の窃盗事件が起こり、捜査官アシュークは相棒の警察官アムリータと捜査を開始する。

 

一方、ロイには巨大な隠し金庫の存在がわかり、それを開けるためのブラックボックスの存在が組織に知れ、デウラージはその捜査を始める。物語は大金の行方とブラックボックスの謎を追う、切れ者のアシュークのアクションと活躍、さらに、裏をかきながら暗躍するデウラージやロイの息子の動きを中心に展開していく。

 

ところが、なぜか警察の動きがデウラージらに筒抜けであることがわかり、中盤、警察側の裏切り者デヴィッドの存在が表になる。さらに、アシュークと思われていたのは、実は偽物で、本物のアシュークは犯罪組織に潜入していたことがわかり、今までアシュークと思われていた男の本名はサーホーとわかり物語は後半へ。

 

こうして後半は、これまたどんどんエスカレートする荒唐無稽ななんでもありのアクションになり、SFなのかなんなのか、人間離れしたサーホーの活躍に、ロイの息子や本物のアシューク、さらにデウラージらとの三つ巴四つ巴の展開へ。さらにサーホーとアムリータとの恋物語も絡んできて、もうなんでもありで、脇役はいつのまにか本当に脇に追いやられるし、一体味方は誰かわからなくなるし、バードマンなり空飛ぶ警察官やらも出て来るし、こんな景色どこにあるんやというような幻想的な舞台でサーホーとアムリータのラブシーンが展開するし、もうあっけにとられ笑ってしまうのだが、まあ、面白い。

 

そして、デウラージはとうとうサーホーを追い詰め、自分が破壊した村にサーホーを連れて行って、痛めつけて殺そうとするが、実は、全てサーホーの計画で、実はサーホーこそロイの息子であり、デウラージの法律顧問のカルキがブラックボックスを手にれて金庫を開けると、そこには、ロイとその息子サーホーの思い出が隠されていた。

 

そして、父を殺されたロイの息子サーホーは20年の歳月をかけてデウラージらを陥れて、再度組織の長に返り咲く計画だったことが明るみになり、デウラージも殺され、サーホーが組織の会合に出てそのリーダーとして返り咲いて物語は終わる。

 

半年後、ロイグループはインドを豊かにする企業集団として活躍している。え?犯罪組織違ったん?というどんでん返しに、サーホーとの恋を諦めていたアムリータの前にサーホーが現れキスして恋が成就してハッピーエンド。

 

警察署長やデヴィッドや本物のアシュークはどうなったのかはそっちにおいて、映画は終わりました。(爆笑)しかも、アムリータは途中で撃たれて倒れたのに、次のカットでは傷ひとつないし元気やし、ヘアスタイル変わってるし、よく似た女警察官が本物のアシュークの相棒で出て来るし、唖然としてしまうが、まあ気にせずラストまで見れる。

 

前半にダンスシーンが多くて後半にないということはもしかしたら本国ではもっと長い作品かも知れませんが、三時間近く退屈しなかったので、エンタメとしては十分面白かったです。

 

「弥生、三月、君を愛した30年」

本当に監督の遊川和彦と言う人は映画の才能はないなと思う。プロの書く脚本に見えないくらい薄っぺらい作品だった。短いエピソードの積み重ねで30年を深みある物語にしていくのかと思えば、結局、サクラという薄幸の少女に全て任せた仕上がりというのは流石に辛い。物語が進むにつれてどんどん悪くなる映画というのを久しぶりに見た。

 

高校時代、女子高生の弥生がバスに乗り遅れ追いかける。バスの最後部には太郎が乗っていて、二人の出会いとなり、バスに乗っていたサクラとの三人の物語が始まる。

 

映画は毎年度三月を舞台に前に進み過去に戻りを繰り返しながら、三人といってもサクラは最初でエイズで死んでしまうのですが、残る二人の、結婚と別れ、東日本大震災から成長の物語を描いていく。

 

弥生と太郎はお互い惹かれながらも卒業して、それぞれ結婚し家庭を持つ。弥生の父は借金で家庭を壊し、弥生にお金目当ての結婚を進めるが、弥生の式にやってきた太郎に勇気付けられ、弥生は式を逃げ出し、夢である教師を目指す。間も無くして歯医者の男性と結婚幸せになる。

 

一方の太郎はプロサッカー選手を目指す一方で恋人と結婚、息子もできるが、ふとしたことで離婚してしまう。太郎が夢破れ自暴自棄に落ち込んでいる時、弥生が太郎を訪ね、勇気づけたが、その帰り太郎は弥生を抱きしめ一夜を明かしてしまう。後ろめたい思いをして弥生は帰って来るが、そんな時、東日本大震災が起こり、弥生の夫は死んでしまう。

 

それぞれが孤独な人生に入り込み、弥生も教師を辞め、行方も分からなくなる。ところがサクラの父が、遺品の中にあったカセットテープを太郎のところに届けにくる。太郎と弥生が結婚するときに流して欲しかったらしいが、太郎は聞けず、必死で弥生を探し、彼女に渡す。弥生はそのテープを聞き、太郎に再度託す。

 

太郎の息子は弥生に憧れて先生になっていて、いじめのことで辞めることになるらしいと太郎に聞いた弥生は教室に乗り込み、かつてサクラがいじめられた時と同じく啖呵を切る。二人はサクラの墓を訪ねて、高校時代の卒業式に遡り、今度は手を繋ぐ。こうして映画は終わる。流石に平凡すぎる。

 

エンドクレジットの後に、新生児室を見ている太郎の母。太郎の横には実は生まれたばかりの弥生がいるというどうでもいいエピローグ。流石にこれもないなと思う。テレビドラマでは奇抜な物語で面白い物を書くが、この映画は最低に近かった。