くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「騙し絵の牙」

「騙し絵の牙」

色々と今の自分を考えさせてくれる展開、それと、細かく張られた伏線も面白く、ラストまで全く退屈しない映画でした。ただ、監督は吉田大八ですが、彼にしては程よくまとまりすぎた仕上がりだった気がしなくもないです。

 

新人編集者の高野が、自分が目をつけた新作にペンを入れている場面から映画は始まる。彼女が勤める薫風社は老舗の出版会社ですが、小説薫風という文学雑誌を看板にしたまま旧態然とした組織でやや膠着している。そんな会社の総帥伊庭が犬と一緒に公園を散歩しているシーンが挿入され、まもなくして、犬だけが公園を走っている。一方、高野の前の電話が鳴り、慌てて取って原稿にコーヒーをこぼしてしまう。あまりにあざとい演出で、吉田大八どうしたんやと思っていたがこれがちゃんとラストの伏線になっていた。さすが。

 

総帥の死によって社内の派閥争いが表になる。文学一筋の生え抜きの常務宮藤、社長の気に入りでもあった改革派の専務東松の確執に、総帥の直系伊庭惟喬が絡む。そして惟喬は体良くアメリカへ転任させられ、東松が社長となる。赤字部門の採算整理のために、看板雑誌小説薫風を季刊に減らし、カルチャー紙のトリニティも危機に陥るがここに新人編集長速水がやってくる。そして、面白ければなんでもやるをモットーに次々と斬新な企画を進めていく。たまたまパーティで高野がストレートな書評を言って怒らせた大御所の作家二階堂大作を巧みに取り込みコミックの原作として再起用し、さらに、高野が目をつけていた新人作家矢代を探し出してきて、連載の話を進める。さらに人気モデル城島咲に近づき彼女がやりたかったエッセイやイラストなどの仕事を与える。そんなこんなを人気コメンテーター久谷を使ってマスコミに広めていく。

 

イケメンの矢代と城島をうまくコラボさせて話題作りをし、勢いがついていくトリニティに、老舗の小説薫風を率い、宮藤常務のお気に入りでもある江波編集長は反撃するべく画策を始める。そんな頃、城島がストーカーに襲われ、持っていた3Dプリンターで作った銃を撃ってしまう。城島はガンマニアだった。一時はトリニティの危機かと思われたが、社内の反対を押し切った速水はトリニティを強引に売り出し大成功する。そんな勢いを危惧した宮藤らは矢代を巧みに焚きつけて小説薫風に引き入れる。

 

一方、街の小さな本屋が実家の高野は、ここ20年新作が出ていない謎の小説家神座を追っていた。そして、過去の原稿から彼の居場所をセスナの空港だと判断して乗り込むが、あっさり飛行機で逃げられてしまう。

 

そんな頃、江波らは矢代を引き入れて小説薫風で連載をするという記者会見を企画する。しかしその席で矢代は自分が書いたものは実は知人が書いたものだと爆弾発言をし、宮藤常務を辞任に追い込む。全て速水の計画のうちで、矢代が書いたと思われて、高野が推していた小説は実は神座が書いたものだった。速水はすでにそれに気づいていて、今回の計画を進めた。まもなくして神座本人も高野らの前に現れる。

 

こうして計画は大成功、宮藤常務も追い出せた東松は先代からの意思でもあった投資プロジェクトを具体化していく。しかし、いよいよとなったところへアメリカから惟喬が帰って来る。そして、海外の巨大通販などとの提携を含めた次世代プロジェクトを実現すると提案、既に仮契約も済ませて戻って来た。これもまた速水の計画のうちだった。東松のプロジェクトはすでに時間がかかり過ぎていたのだ。

 

全てを知った高野は速水に何もかも聞き、そして自ら辞表を出す。江波も宮藤常務の失脚と小説薫風の廃刊もあって職を辞す。そして七ヶ月が経つ。人気コメンテーター久谷と対談する高野の姿があった。

 

高野は薫風社を辞め、父が経営していた小さな書店を新しいものに変えるべく計画していた。そして彼女は神座の本を独占で売り出すという破格の計画を実行していた。看板になる予定だった神座を取られた速水は呆気に取られる。さらに神座を失ったことで惟喬の進めていた投資会社を巻き込んだプロジェクトもピンチになる。

 

高野の店は大繁盛、江波も店員として参加、高野の微笑む姿で映画は終わっていく。常に面白いこと、困難なことを求めていかないと人間は面白くない。そんな速水の格言は既に高野は始めから実践していたのだ。高野が冒頭のコーヒーをこぼすありきたりな出来の悪い新人だと見せる演出がラストで光って来る。上手いとしか言いようがない。ただ、残念なのは前半でかなりの存在感だった二階堂大作を後半完全に消してしまったこと。これはわざとなのかミスなのか、そこだけが少し気になるところでしたが、人は常に困難なこと、面白いことに臨んでいくべくというメッセージが痛快に染み渡りました。