くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「前科者」

「前科者」

それほど期待していなかったのですが、物凄い傑作でした。とにかく重層的に展開するドラマが時に表に時に背後に回るストーリー構成が素晴らしいし、最後まで手を抜かない展開の組み立ても圧倒されてしまい、ラストは胸に突き刺さるような衝撃的な感動をもたらしてくれる。もちろん、その脚本に基づく演出も見事でした。久しぶりに、描きこまれた傑作に出会いました。監督は岸善幸。

 

中学生の男女が自転車で走っている場面から映画は幕を開ける。そして二人は砂浜におり、寝転がった男子生徒に女生徒がキスをする。場面が変わり、保護司をしている阿川佳代が、何人かの被観察者を訪ねていく場面を描く。このオープニングのオーソドックスながらも舞台説明場面がまずすごい。そして彼女は、今保護司をしている一人の自動車整備士の工藤誠のところへやってくる。工藤はかつて働いていた工場の先輩を殺害して逮捕され、仮釈放の身だった。そして、阿川のところに定期的に面接に来ている。ところが最後の面談日を控えたある日、忽然と姿をくらます。

 

その流れに並行して、ある派出所で、警官が若者に襲われて拳銃を奪われ、その際に警官が撃たれる。その捜査にベテランの鈴木と滝本真司という若手刑事が担当して捜査が始まる。続いて、一人の福祉課の女課長が撃たれる。その流れの一方、工藤がある日、いつもいくラーメン屋で一人の若者に出会う。彼は工藤の弟の実だった。彼は、児童施設にいる頃に飲まされた薬の中毒で苦しんでいた。

 

物語は、工藤の本当の姿を知らなかった自分を責める阿川の姿と、連続殺人事件を追う二人の刑事のドラマが並行して進む。工藤は実と行動を共にし、ある河原で話している時、突然自転車でやってきた男性を実が躊躇なく撃ち殺す現場を見る。撃たれたのはかつて工藤誠と実がいた施設の先生だった。

 

鈴木らは、被害者の警官を病院に訪ねるが。実はその警官は素行の悪いので有名で、鈴木たちにもそっけない態度を取る。さらに二人目の被害者の福祉課の女性を訪ねるが、同僚たちは聖女のような立派な人だったと答えるが、捜査本部に、その女は偽善者だという手紙が舞い込む。そして、3人目の被害者の先生の指から工藤誠の皮膚片が見つかり、鈴木たちはコンビニで働く阿川の元を訪ねるが、なんと滝本という若い刑事は阿川の中学時代の恋人で、冒頭で出てきた学生だった。滝本の父親は、阿川が中学時代に浮浪者に襲われかけた時に身をもって庇ってくれて死んだ過去があった。刑事たちは工藤を連続殺人事件の犯人として追い始めるが、阿川は信じられず、独自に調査を始める。

 

やがて、鈴木たちは、撃たれた被害者は、かつて工藤の母の相談を無下にしたり、駆動たちを虐待したりした人たちで、復讐目的だとわかり始める。そして次のターゲットは、工藤たちの実の父親だとわかる。工藤たちの父親はDVで、福祉課職員の事務ミスから、工藤の母親の転居先を知り、押しかけて母を殺害し逮捕されたが、今は出所して働いていた。

 

阿川はその父親を弁護した宮口を訪ね、父親の家を教えてもらい、そこへ向かう。ところが、父親の史雄を警察は張り込んでいた。そこへ工藤が車で現れる。工藤がピストルを手にしようとするが後ろに乗っていた実がピストルを取り史雄の家に向かう。実の存在を知らなかった鈴木たちが取り押さえに飛び出す。実は史雄の玄関を叩く。史雄が玄関へ向かう。史雄がドアを開け、実が銃を向けるが、すんでのところで刑事が実を取り押さえる。鈴木たちの邪魔をしようと車を発射させた工藤誠も滝本に撃たれ捕まる。ところが、刑事に連れていかれる実が、突然刑事の拳銃を奪い自殺する。このクライマックスがとにかく凄い。本当にすごい。そして自殺に伴い阿川が号泣、唖然と立つ史雄のカットも見事。

 

しかし、物語はまだ終わっていなかった。実の所持品を整理していた滝本は、実がターゲットを探すための写真を見ていて最後に宮口弁護士の写真を見つける。工藤兄弟のターゲットはもう一人いた。病室で工藤誠は弁護士を宮口に指定していて、宮口はこの日面会に工藤の元へ向かっていた。滝本の連絡で、阿川は病院へ向かう。そして、間一髪、阿川は鋏を持って待つ工藤のところへ駆け寄る。そして、工藤に、自分が何故保護司になったかを話す。

 

一段落し、阿川は、かねてから時々親しくしていたかつての被保護者のみどりを連れて、懐かしい母校の中学校を訪ねた。阿川の部屋には、ある詩集に、滝本が落書きした物が一冊あった。それは中学時代、滝本の父が殺された後、滝本が恨みつらみを落書きした物で、それを見つけた阿川がこっそり持ち帰っていたものだった。以前、みどりに見つかって、みどりに大声を出した経緯があった。阿川はその落書きを丁寧に消し、図書館へ返しにきたのだ。そして、みどりに、友達だからついてきてもらったと語る。こうして映画は終わって行きます。

 

とにかく、書き込まれた脚本が見事というほかなく、あれこれのエピソードや伏線がきっちりと生きている上に、最後の最後まで手抜きのない構成と演出に唸ってしまいます。恐ろしく良く完成された傑作でした。有村架純のいつもの弱点を覆い隠すほどに周りの人物の描写が素晴らしいのも映画のクオリティの高さを感じさせる物でした。ラストは、胸に突き刺さるほどに熱く感動しました。