くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「白い牛のバラッド」「ブルー・バイユー」

「白い牛にバラッド」

近年のイラン映画はほとんど外れがない。この映画も相当に見応えのある1本でした。サスペンスフルな展開と、微妙な人間ドラマ、そして厳格な法制度の矛盾を巧みに織り交ぜた物語にどんどん引き込まれていきました。幻覚かリアルかその問いかけで締めくくるエンディングはそのまま監督の訴えたいメッセージだと言えます。監督はマリヤム・モガッダムとペタシュ・サナイハ。

 

刑務所の広場の中央に真っ白な牛が立っている。周りには受刑者らしい人たちの影のようなものが見える。シュールなオープニングに続いて、一人の女性ミナが夫の面会のためにやってきた。夫のババクは殺人罪で逮捕されこの日、刑が執行されるのだった。夫の官房へ入っていくミナのカットからカメラはゆっくりと外に出ていく。

 

夫の死刑から一年が経ち、ミナは牛乳工場で働いている。娘のビタは耳が聞こえない。ある時、裁判所に呼び出されたミナは、真犯人が別にいたことを知らされる。ミナは理不尽な裁判の実態に対し、判決を下した判事にあうべく足を運ぶが合わせてもらえない。そんな時、夫の友人で夫に借金があったという一人の男レザがミナの家にやって来る。ミナはレザの親切さに次第に心を許し始める。

 

レザはアパートを追い出されたミナに部屋を用意し、映画の好きなビタにも好かれるようになってきた。しかし、ミナの義父はビタの親権を得るためにミナを告訴する。それを聞いたレザは裁判所に知り合いがいるからと手を回す。実はレザこそがババクに刑を言い渡した判事だった。レザは罪の意識から裁判所を辞めていた。

 

レザには息子がいたが、親子関係はギクシャクしていた。ある夜、その息子が父への反抗なのか、麻薬の過剰摂取で死んでしまい、もともと持病のあったレザはその場で倒れて動けなくなる。それを知ったミナはレザにところへ駆けつけ病院へ連れて行き、しばらく目を離すなという医師の言葉で自宅に連れ帰って介抱する。次第にレザとミナの心は通じ合うようになって来る。レザがミナに紹介した部屋は実は自分の家だった。

 

やがてビタの親権の裁判が行われるが、見事ミナが勝訴する。迎えにきたレザと夕食で祝杯をあげようと提案するミナ。車で帰る途中たまたまレザが水を買うのに車を降り、車に残って待っているミナに義弟から電話が入る。それは、レザこそがババクに刑を言い渡した判事その人だというものだった。

 

ミナは複雑な思いでレザと夕食を取ることになる。ビタを二階に遊びにいかせ二人きりになった席でミナは温めた牛乳をレザに出す。奇妙に思うレザだが、ミナの強いススメで牛乳を飲む。しばらくすると突然嘔吐しその場で息を引き取る。ミナは用意していたボストンバッグを取り、振り返るとレザは椅子に座ってぐったりしていた。果たして、さっきの光景はミナの希望だったのか、真実を知ったということを暗に伝えたためにレザもそれを察知してうなだれているだけなのか。カットが変わり、ビタと家を出たミナがバスを待っている場面で映画は終わる。

 

心象風景を淡々と描くカメラ演出が見事な一本で、サスペンスフルな展開がラストで一気に映像に変わる様が素晴らしい。相当クオリティの高い一本でした。

 

「ブルー・バイユー」

泣きました。あまりに辛い現実に涙が溢れます。少々、終盤の演出の荒さが見られますが、フィルムタッチの荒い絵作りと手持ちカメラの映像がかえってリアルな現実を切り取ったような表現になっていて、物語の色合いをまとめた感じです。終盤になって、主人公の周りがみんないい人になっていくくだりがちょっと雑ですが、それでも見せてくれました。ちょっとした佳作。監督はジャスティン・チョン。

 

沼の彼方から一艘の船、女性が乗っているようですが、この幻想的なショットから映画は始まる。韓国で生まれ、養子になってアメリカに住み、今はキャシーという女性と幸せな生活をする主人公のアントニオは、新しい仕事のための面接を受けている。キャシーは妊娠していて間も無く生まれるので職を増やそうとしている。アントニオの傍にはキャシーの連れ子のジェシーがまとわりついている。ジェシーはアントニオのことが大好きだった。キャシーの前夫で警官をしているエースは何かにつけジェシーと会いたいと連絡して来るが、ジェシーはエースのことが嫌いだった。

 

アントニオはタトゥーの仕事をしているが、間借りしての営業なので仕事は厳しい。しかし、アントニオ、キャシー、ジェシーの家族はしあわせな毎日だった。ところがある日、スーパーで買い物をしていて、たまたまエースとその相棒と出くわす。事情を知っているエースの相棒はアントニオに絡み、思わずアントニオも逆上してしまう。それがきっかけで、アントニオが不法入国者であることがわかる。正式に養子縁組していたが、書類の不備のままで市民権を得られていなかった。強制送還を言い渡され、アントニオたちは弁護士を頼もうとするが、多額の費用がいることがわかる。そこでアントニオは昔の不良仲間に声をかけ、バイクの窃盗をする。そしてその金で弁護士に着手料を払う。弁護士はなんとか聴聞会の場を設定するが、有利にするため、アントニオの養親の出廷を求めてくる。アントニオは、養親は二人とも死んだと言っていたが、実は養母は生きていた。

 

キャシーは、アントニオがバイクの窃盗に関わっていたことや、養親が死んでいたと教えられていたことに怒ってジェシーと一緒に家を出ると言い出す。アントニオは、かつてキャシーの診察に病院へ行った時に一人のベトナム人の女性と知り合っていた。彼女は抗がん剤治療をしていてウィグをかぶっていた。アントニオはベトナム人の女性の要望でタトゥーを彫ってやるが、その帰り道、その女性は意識を失い、やがて亡くなってしまう。このベトナム人とのエピソードがなぜ入っているのかがどうも分かりにくかった。

 

そんな頃、キャシーは女の子を出産する。アントニオは、かつて虐待されていた養親の元をおとづれ、なんとか聴聞会に出てほしいと頼むが断られる。やがて聴聞会の日、キャシーらに加えて、来ないと言っていた養母も現れ、さらに、嫌っていたエースも助力になればとやって来る。ところが、アントニオは何者かにリンチされて聴聞会に行けなくなってしまう。後日、アントニオをリンチしたのがエースの相棒の知り合いで、相棒が仕組んだことだとエースが知り、その相棒を逮捕する。いきなりエースはいい人に変貌。

 

やがて、強制送還の日がやって来る。キャシーはジェシーらを連れてアントニオの後を追って空港へ行く。そして間にあったキャシーらは

アントニオと韓国へ向かおうとするが、さらに追いかけてきたエースが駆け寄る。彼は、アントニオらを止めるのではなく、ジェシーとの別れをしにきただけだという。そして、ジェシーはエースと抱き合う。それを見ていたアントニオは、自分一人で行くことを決心し、キャシーらに残るように言う。そして一人去ろうとするアントニオにジェシーが思わず叫んでしまう。アントニオはジェシーを抱きしめ、ジェシーが離さない手を必死で振り切って一人去っていく。こうして映画は終わる。エンドクレジットに、養子縁組したものの市民権が得られず強制送還されて行った人たちの写真が映し出される。

 

ラストの畳み掛けが、ちょっといきなりの感があって荒っぽいし、キャシーとエースの別れた原因を描写しないのでラストでエースがいきなり物分かりのいい人に変貌するくだりが唐突に見えるけれど、全体の出来栄えは、なかなかの作品の仕上がっています。良質のいい映画でした。